Bark at Illusions Blog

── Media Watchdog Group

日本の安全保障環境の認識から問い直せ

 世論調査NHKニュース7、22/12/12;毎日22/12/19朝日22/12/20など)によれば、過半数の人が他国の軍事関連施設への攻撃が可能な「反撃能力(敵基地攻撃能力)」の保有を支持している。またNHK(同)や毎日新聞)の調査では、岸田政権が計画する軍事費の倍増についても賛成が反対を上回っている。朝日新聞)の調査では軍事費増額に反対する人の方が多かったが、それでも賛成と反対が拮抗している(賛成46%、反対48%)。「反撃能力」の保有憲法違反であり、軍事費の倍増には増税だけでなく、社会保障費など生活に必要な財政支出の削減も必要になってくるだろう。岸田政権は既に軍事費倍増のための財源確保のために1兆円の増税方針を発表した。同じ世論調査では過半数の人が軍事費を増やすための増税や、軍事費のために他の財政支出を削減することには「反対」と答え、さらに「反撃能力」の保有で「日本と周辺国との緊張が『高まる』」と答えた人が61%(「変わらない」33.9%、「和らぐ」3.0%)という調査結果もある(琉球、22/12/19、共同配信)にもかかわらず、なぜ多くの人が「反撃能力」保有や軍事費倍増を支持するのか。

 背景には、日本周辺の安全保障環境が厳しくなっているという認識や、ロシアによるウクライナ侵略の影響があるだろう。岸田政権が最近閣議決定した国家安全保障戦略は、中国、朝鮮、ロシアを脅威として位置づけ、中国については「核・ミサイル戦力を含む軍事力を広範かつ急速に増強している」ことや、東シナ海南シナ海における「力による一方的な現状変更の試み」、それに武力による台湾統一の可能性や台湾周辺での「軍事活動」の「活発化」などを問題視し、朝鮮については核・ミサイル開発などを、ロシアについてはウクライナ侵略などを懸念事項として挙げているが、こうした情勢認識はマスメディアがこれまでに伝えてきた内容と一致しており、従って日本社会における一般的な理解とそれほど違わないだろう。
 中国が軍拡を続けていることや、尖閣諸島周辺で中国の公船が頻繁に活動していることは事実だ。今年8月に台湾を包囲するような形で大規模な軍事演習を実施するなど、台湾に対する軍事的圧力も強めている。朝鮮はミサイルの発射訓練や試射を繰り返し、今年9月には核戦力政策を法制化して核兵器を放棄しない意思を改めて示した。そしてロシアは国際法を無視してウクライナを侵略中だ。従って、安全保障戦略やマスメディアの情勢認識は完全に間違いというわけではない。しかし、それは日本や合衆国から見た一方的な見方であり、その対処策として「反撃能力」を保有したり軍事費を倍増して軍事力を強化するというのは、完全に間違っている。

 中国や朝鮮、それにウクライナを侵略しているロシアにしても、東アジアや世界の安全保障環境を一方的に高めてきたわけではない。
 中国については、同国が軍事力を増強する背景として、合衆国の軍事的な脅威があることを忘れてはいけない。覇権を維持するために世界各地で侵略戦争を繰り返してきた無法で好戦的な合衆国は、400以上の軍事施設で中国を取り囲み、中国の海上交易ルートを遮断するための海上封鎖の演習を行ったり(CounterPunch20/8/4)、中国近海で日本や韓国、オーストラリアなど “同盟国” と軍事演習を行うなどして、中国に対する軍事的威嚇を続けている。こうした合衆国の軍事的圧力への対処力を高める必要性に迫られて、中国が軍事力の増強を図っているという側面は否定できない。実際のアジア太平洋における米中の軍事的な対立は、これまでマスメディアが描いてきたものとは攻守が逆だ。
 また尖閣諸島の問題について、マスメディアはそれらが日本固有の領土だという前提でニュースを伝えてきたが(Bark at Illusions20/11/3020/12/21等参照)、日本と中国は尖閣諸島の領有権問題を棚上げにすることで国交正常化を果たした。日本側が尖閣諸島は日本の領土だと主張するのは自由だが、中国側も同じように尖閣諸島を自国の領土だと考えていることを忘れてはいけない。中国側から見れば、尖閣諸島周辺で領海侵入を繰り返しているのは日本側だということになる。中国の公船が尖閣諸島周辺で日本漁船を追尾するようになったのは、日本政府が棚上げの約束を無視して尖閣諸島を国有化した2012年以降だ。尖閣の問題ではむしろ日本側に非があるだろう。尖閣問題で決着を図りたければ、尖閣諸島の領有権を主張している中国や台湾と領有権交渉をするか、できないのであれば棚上げ状態に戻すしかないだろう。南シナ海の問題でも、マスメディアは「海洋進出」を図る中国が一方的に領有権を主張して地域の秩序を乱しているかのように伝えてきたが(Bark at Illusions20/9/11参照)、南シナ海にある南沙諸島は中国以外にもベトナムやフィリピンなど5か国が領有権を主張し、そのうち4か国は中国と同じように埋め立てなどを行っている。中国が一方的に地域の緊張を高めているかのように言うのは間違いだ。
 台湾情勢についてはどうか。マスメディアは、日本や合衆国が中国との国交正常化に際して台湾は中国の一部(「一つの中国」)だと主張する中国政府の立場を公式に認めて中国への内政不干渉を約束した事実を無視して、中国が台湾に対する軍事的圧力を一方的に強めているという設定でニュースを伝えているが(Bark at Illusions21/10/3122/8/14等参照)、台湾周辺の軍事的緊張が高まっている原因は、中国との約束を反故にして、台湾への武器売却や議員交流を続けて中国を挑発する合衆国や日本にある。近年顕著になっている中国軍機による台湾設定の防空識別圏飛行や、前出の中国軍による台湾周辺での大規模な軍事演習も、ほとんどが中国との約束に反する日米などの行為への反発を示す形で行われている。日本や欧米では中国が台湾を武力統一するのではないかとの懸念が広がっているが、日本や合衆国が中国の約束を守って「一つの中国」とい中国の立場を尊重し、台湾の独立派を支援しなければ、中国が台湾に対して武力を行使する理由などないだろう。
 次に朝鮮についてだが、同国が核・ミサイル開発を続けているのは、合衆国の軍事的脅威があるからだ。朝鮮は合衆国からの侵略を抑止するために核兵器を開発し、軍事力強化を図る米韓に対応すべく、軍事力強化を続けている。建国以来、朝鮮は核大国の合衆国と戦勝状態にあり、朝鮮戦争で国土を執拗なまでに破壊尽くされただけでなく、その後も核による威嚇も含む合衆国の軍事的な脅威にさらされ続けてきた。マスメディアはそのような朝鮮の置かれた状況を無視し、朝鮮の軍事的な行動ばかりを問題にして(Bark at Illusions21/3/3122/11/13等参照)、朝鮮の核・ミサイル開発を止めるためには経済制裁や日米・米韓の “同盟” 強化が重要であるかのように説明してきたが、朝鮮の核・ミサイル開発を止めるために必要なのは、経済的・軍事的な圧力強化ではなく、朝鮮戦争の完全な終結と、合衆国の対朝鮮敵視政策の終了である。武器を置くためにはまず戦争と敵対的行為の終結が必要だというのは当然のことだが、米朝枠組み合意(1994年)や6か国共同声明(2005年)、シンガポール共同声明(2018年)など、朝鮮政府が核開発の中止や非核化に同意する際には必ず、朝鮮への不可侵や、朝鮮との関係改善、朝鮮半島の平和体制構築など、朝鮮の安全が担保されることを条件にしてきた事実からもそれは明らかだ。
 ロシアがウクライナを侵略した背景にも、ロシアに対する合衆国の敵対的な政策がある。合衆国はロシアの安全保障上の懸念を無視してNATOを東方へと拡大させ、ロシアの隣国でロシアとの文化的関係が強いウクライナの加盟をも画策してきた。NATOは茶会や社交クラブではなく、東西冷戦時代にソ連(現ロシア)を仮想敵国として設立した軍事同盟である。NATOの東方拡大がロシアによるウクライナ侵略のような事態を招くことは、既に30年前から合衆国の外交経験者や専門家(例えば元ソ連大使のジョージ・ケナンやジャック・マットロックなど)などによって指摘されていたことである。また合衆国はウクライナの「非同盟」の立場を法制化したヤヌコビッチ政権を打倒するためにウクライナの極右やネオナチを支援して2014年のクーデタを成功に導き、その後、クーデタに反発して独立を宣言した東部2州との内戦を続けるウクライナ政府に対して軍事支援を続けた。ウクライナは内戦の停戦のために合意したミンスク合意2の履行を怠り、ロシアによるウクライナ侵略戦争へとつながっていった。
 ロシアによるウクライナ侵略のこうした背景を説明することは、ロシアを擁護するためではない。ロシアによるウクライナ侵略は国際法違反であり、ロシアはウクライナから直ちに撤退すべきだ。ロシア政府はウクライナに対して賠償し、ウラジミール・プーチン大統領ら戦争を主導した者は法廷で裁かれるべきだろう。しかしロシアがウクライナを侵略した背景を知ることは、まず第一に現在のウクライナの問題を真に解決するために必要なのであり、第二に同じ過ちを他でも繰り返さないために必要なのだ。
 ウクライナの平和と安全を取り戻すためには、ウクライナはもちろん、ロシアやウクライナ東部2州の平和と安全も保障されなければならないだろう。遺憾なこととはいえ、前述のように今回のウクライナ侵略の発端にはロシアの安全保障上の懸念を無視したNATOの拡大がある。また2014年以来続く内戦でウクライナ政府軍の攻撃にさらされてきた東部2州の住民の安全が保障されなければならないのは当然のことだ。
 マスメディアはウクライナ侵略の背景としてのNATO拡大の問題を過小評価し、ウクライナ政府による東部住民への攻撃やネオナチの存在など、ロシア側の口から出た情報は全て「偽情報」として片付け、ロシアとの交渉を拒否し徹底抗戦を呼びかけるウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領を賛美して、停戦はウクライナの降伏を意味するかのように伝えてウクライナの軍事支援を正当化し、さらにウクライナの問題を台湾と中国の問題に重ね合わせて、中国を「抑止」するために日本の軍事力強化や “日米同盟” 強化が必要であるかの如くニュースを伝えてきたが、ウクライナ侵略から得るべき教訓は、そうした軍事力に頼る安全保障体制は地域の緊張を高め、場合によっては紛争を招くことになるということだ。東西冷戦が終結した時、当時のミハイル・ゴルバチョフ書記長は、軍事力で相手を「抑止」する冷戦時代の安全保障体制から脱却して、欧州安全保障協力会議(CSCE、現在の欧州安全保障協力機構:OSCE)を中心にした相互信頼に基づく統一されたヨーロッパとしての新たな安全保障体制(欧州共通の家)を築くことを提案したが、そのような世界が間もなく訪れるという期待は当時の日本や欧米にも共通のものだった。残念ながら、それを快く思わない「ネオコン」と呼ばれる合衆国の強硬右派の巻き返しによって、NATOは軍事同盟として残り、東方へと拡大しただけでなく、ヨーロッパ防衛から合衆国の覇権のための世界侵略部隊へとその役割も変化させた。ゴルバチョフが提唱した相互信頼を基礎にした安全保障体制が実現していれば、現在の世界はきっと平和で人間に優しい世界になっていただろう。

 マスメディアのミスリードによって、中国や朝鮮、ロシアの脅威がことさら強調されてきたが、これまでの経緯を振り返れば、地域の緊張を高めているのは、むしろこれらの国家を敵視して軍拡を続けてきた合衆国とその “同盟国” に責任がある。
 日本のさらなる軍拡は、当然ながら仮想敵国と見做された中国、朝鮮、ロシアに相応の軍事的対抗措置を促すことになり、日本の安全保障環境はますます厳しいものになるに違いない。世界制覇を目論む合衆国と共に中国、朝鮮、ロシアを敵視して戦争の準備を続けるのか。それとも第二次世界大戦での敗戦以来続く頸木を断って、合衆国から独立した外交政策を展開して近隣諸国との友好関係に基づく安全保障体制を築くのか。日本は今、大きな岐路に立っている。