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── Media Watchdog Group

ペロシの台湾訪問は、地域の平和と安定を害するものだった それが問題だ

 台湾周辺の軍事的な緊張が高まることが確実視されていたにもかかわらず、合衆国のナンシー・ペロシ下院議長は台湾への訪問を強行した。ペロシの台湾訪問後、中国は直ちに台湾を取り囲む形で大規模な軍事演習を行い、台湾に対する事実上の経済制裁や、米軍高官との対話中止などの対抗措置を発表した。

 日本のマスメディアの批判の矛先は、ペロシよりも中国側に向かう傾向がある。例えば、朝日新聞22/8/7)は「中国軍事演習 無責任な威嚇をやめよ」と題する社説で、

「自らの意に沿わぬ言動に接すると、武力で威嚇し、外交の扉も閉ざす。こんなふるまいでは、平和発展を志向する大国とは誰も認められない」、
「議員外交をめぐる摩擦を理由にこれほどの軍事力を動員するのは、明白な過剰反応だ」、
「これ以上の情勢悪化は誰の利益にもならない。その現実を日米はくり返し中国側に説き、強く自制を促したい」、

毎日新聞22/8/4)も「米下院議長の台湾訪問 緊張高める中国の対抗策」と題する社説で、

「現職の下院議長としては25年ぶりだが、これまでも米国の議員や閣僚が訪問してきた。台湾への連帯を示し、交流することは、米国の中国政策と矛盾しない。
 ところが、習近平指導部は今回、『決して座視しない』と訪問前から軍事行動を辞さない構えでけん制していた」、
「(バイデン政権は)三権分立の精神に基づき、ペロシ氏を制止することは控えたが、中国に対し、従来の台湾政策に変更はないことを重ねて表明した。米側から事を荒立てるつもりがないことを伝えた形だ。
 そうしたシグナルを受け取っていながら摩擦を拡大させるようなことがあってはならない」

などと主張している。

 朝日新聞毎日新聞も、中国が一方的に軍事的な緊張を高めているかの如く、ペロシの台湾訪問に対する中国の対抗措置ばかりを問題にしているが、米中間の外交の歴史や不安定な現在の台湾情勢などを考えるなら、批判は合衆国側に向けられるべきである。
 合衆国と中国の外交関係は、合衆国政府が台湾は「中国の一部」だという中国政府の主張を認めた「一つの中国」政策が重要な基礎の一つとなっている。米中国交正常化に際して、合衆国政府は1972年の米中共同コミュニケ(上海コミュニケ)で、台湾についての中国側の立場に「異議を唱えない」と宣言した上で、「中国人自らによる台湾問題の平和的解決についての米国政府の関心を再確認」した。また1979年の外交関係樹立に関する共同コミュニケでは、合衆国政府が「中華人民共和国(中国)政府が中国の唯一の合法政府である」と「承認」した上で、その「文脈の中」で、米中両政府は合衆国と台湾の「人民」が「文化的、商業的、その他の非公式な関係を維持する」ことに合意している。さらに国交正常化後の1982年の共同コミュニケでも、合衆国政府は台湾が「中国の一部」だという中国側の立場を認めていることを再確認した上で、中国の内政問題に干渉する意図はないと明言し、台湾への武器売却についても、「次第に減らしていき一定期間のうちに最終的解決に導く」と約束した。
 バイデン政権は言葉の上では合衆国の「一つの中国」政策に変化はないと繰り返しているが、実際の言動は「一つの中国」政策に反している。近年になって合衆国と台湾の議員交流が活発化している他、ジョー・バイデン大統領が台湾への軍事介入についても明言した。また合衆国の国内法を根拠にした台湾への武器供与は現在も続いていて、バイデン政権も既に5回、台湾への武器売却を承認している。さらに合衆国は軍艦に台湾海峡を通過させる “航行の自由” 作戦や、台湾近海での合同軍事演習を日本などの “同盟国” と繰り返し行うなど、台湾海峡周辺で中国に対する軍事的な圧力を強めている。ペロシの台湾訪問の直前には、米軍の「大量の戦闘機」が今年6月の下旬から約1週間にわたって東シナ海上空を飛行し、「一部は日中中間線を越えて中国本土に接近していた」ことも報じられていた(共同22/7/25)。
 このような情勢の下、ペロシは中国へは訪れずに台湾を訪問し(25年前にニュート・ギングリッチ下院議員が訪問した時は、先に中国を訪問した後に、台湾に短時間立ち寄るという形を取っていた)、独立志向の強い蔡英文総統との会談で、

「今日、世界は民主主義か独裁かの選択に直面している。台湾と世界中で民主主義を維持するというアメリカの決意は、依然として確固たるものです」

などと述べた。
 米中間の外交的約束も、現在の米中関係や台湾情勢も無視した今回のペロシの台湾訪問は、位の高い公職に就く者として著しく配慮を欠いたものだと言わねばならいない。また、ペロシに限らず合衆国の言う「民主主義」は言葉の定義通りの民主主義ではなくて、合衆国に従順な政府のことを意味するということは、世界各地でクーデタや軍事侵略によって民主的な政府を転覆してきた合衆国のこれまでの振る舞いから明らかだ。中国側がペロシの台湾訪問について、「『民主と自由』の守護と維持ではなく、中国の主権と領土保全に対する挑発と侵犯だ」と反発するのも当然だろう。

 毎日新聞に限らず、大日本帝国時代の強制労働に関する韓国最高裁の判決については三権分立について全く理解できずにいるマスメディアが、この問題では三権分立を盾にペロシの台湾訪問を擁護しているが、この件については統治の原則の問題ではない。ペロシの身勝手な振る舞いが、台湾周辺の平和と安定を害するものであることが問題なのだ。
 日米両政府は「台湾海峡の平和と安定」について繰り返し言及しているが、本当にそれを願っているのなら、価値観の違う相手に対して徒党を組んで敵対するのではなく、信頼関係に基づく安全保障体制の構築を目指すべきだ。