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── Media Watchdog Group

日本の安全保障政策の大転換だというのに、焦点は軍拡のための財源か

 日本のさらなる軍事大国化へ向けて、岸田政権が今後の安全保障政策の指針や計画を定めた安全保障関連3文書(「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」)を閣議決定した。国外にある他国の軍事関連施設への攻撃が可能な「反撃能力(敵基地攻撃能力)」の保有を明記し、敵の射程圏外から攻撃可能なスタンド・オフ・ミサイルの導入も計画している。「武力行使の三要件」を満たせば「反撃能力」を「行使し得る」と主張しており、これに従えば集団的自衛権発動の際の敵基地攻撃も可能で、実際、「我が国が反撃能力を保有することに伴い……日米が協力して対処していく」と述べている。また来年度から5年間の軍事費を現行計画の1.5倍越えとなる43兆円とする計画や、軍事費を国内総生産の2%の水準にまで倍増させる方針も明記した。

 こうした日本政府の方針について、NHKニュース7ニュースウオッチ9は日本の安全保障政策の大転換と認識(ニュース7、22/12/2、22/12/16;ニュースウオッチ9、22/11/30、22/12/2、22/12/16など)していながら、ここに至るまで軍事費増額のための財源の問題ばかりに焦点を当てて放送(ニュース7、22/11/22、22/11/28、22/11/29、22/12/7、22/12/8、22/12/9、22/12/11、22/12/12、22/12/13、22/12/14、22/12/15;ニュースウオッチ9、22/11/28、22/12/7、22/12/8、22/12/9、22/12/13、22/12/14、22/12/15)し、「反撃能力」保有の是非や、周辺地域に与える影響についてまともに問題にしたことはなかった。
 「反撃能力」、つまり他国の軍事基地や施設を攻撃できる戦力については、政府が「政策判断」として保有してこなかったと説明し(ニュース7、22/12/7、22/12/13、22/12/16;ニュースウオッチ9、22/12/7)、「反撃能力」保有の問題点としては、敵の攻撃前に攻撃したと見做されれば国際法で禁止された「先制攻撃」になる「恐れ」や「リスク」があると指摘したり(ニュース7、22/11/30、22/12/2;ニュースウオッチ9、22/12/2)、「専守防衛」との「整合性」を問題にする(ニュース7、22/11/30、22/12/2、22/12/13、22/12/16;ニュースウオッチ9、22/12/2、22/12/16)程度で、「反撃能力」の保有や軍事費の増額に反対する市民の声は閣議決定の前日まで伝えなかった。例外は既に軍事施設の増強が図られている南西諸島の与那国島を取材したニュースウオッチ9(22/12/12)だが、軍拡に反対する市民を「複雑な思いを抱く住民」として紹介し、反対の声を「急速な環境の変化」に対する「戸惑いの声」などと表現している。

 まず指摘しておかねばならないのは、「反撃能力」は、政府の「政策判断」ではなく、憲法によってその保有が認められていないという事実だ。日本国憲法第9条は、武力行使と戦力の保持を明確に禁じている。

(1)日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
(2)前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 また政府・与党は「厳しい安全保障環境」に対処するために “抑止力” として軍事力の強化が必要だと主張しているが、「反撃能力」の保有や大規模な軍事費の増額で、日本は安全になるのだろうか。
 岸田政権が閣議決定した安保3文書が安全保障上の脅威として位置づけている中国と朝鮮、ロシアを考えてみよう。
 中国が20年以上にわたって軍拡を続けてきたのは事実だが、それは辺野古新基地建設や南西諸島の軍事要塞化、「護衛艦」と称して保有してきた艦船の空母化、それに “日米同盟” 強化など、日本が合衆国と共に軍事力を強化する中で行われてきた。これまでの日米による “抑止力” 強化は中国を “抑止” する上で何の役にも立っていないということになる。日本のさらなる軍拡は、中国に相応の軍備増強を促すことになり、東アジアの緊張をさらに高めることになるだけだろう。また朝鮮も、日本が軍事力を強化すれば、核・ミサイル開発をさらに加速させるに違いない。それは韓国の政権交代後の朝鮮半島情勢を見れば明らかだ。今年5月に発足した韓国のユン政権は前政権の方針を覆し、大規模な野外演習を含む米韓合同演習を復活させるなど、朝鮮に対して強硬な姿勢で臨んでいるが、それに対して朝鮮はミサイル実験を頻発させたり、軍事演習には軍事演習で応じるなどして、朝鮮半島の緊張を高める結果となっている。現在ウクライナを侵略しているロシアはどうか。ウクライナでロシアが行っていることは国際法違反であり、決して許されることではないが、その背景にNATOの東方拡大とウクライナに対する合衆国の軍事支援があったことを忘れてはいけない。合衆国は冷戦終結時にロシアに対してNATOをドイツより東に拡大させないと約束したにもかかわらず、ロシアの安全保障上の懸念を無視してNATOの東方拡大を続けてきた。そしてロシアの隣国であるウクライナNATO加盟をも視野に入れ、2014年のクーデタを支援してウクライナの「非同盟」の立場を法制化したヤヌコビッチ政権を打倒させ、クーデタ後の内閣首相を指名した(BBC14/2/7)。その後、現在に至るまでウクライナへの軍事支援を続けている。合衆国によるウクライナに対するNATO加盟への誘惑や軍事支援は、ロシアを軍事的に刺激するだけでなく、クーデタをきっかけにウクライナ東部で始まった紛争の停戦のために合意したミンスク合意2(2015年)の履行をウクライナが怠る遠因にもなっていた(Nation21/11/15)。ロシアを仮想敵国とした軍事同盟の拡大や軍事支援は地域の緊張を高めて、ロシアの侵略を招くことになった。軍事力に頼る安全保障体制は、平和をもたらすどころか紛争につながることがある。それがロシアによるウクライナ侵略から学び取るべき教訓だ。
 合衆国の外交・軍事政策に詳しいアメリカン大学のデイヴィッド・ヴァイン教授が指摘しているように、軍事力による長期的な “抑止力” の効果については証明されたことがない(『米軍基地がやってきたこと』原書房)。中国や朝鮮などの例から明らかなように、実際には一方が軍事力を増強すれば他方もそれに応じて軍拡を行うことになり、むしろ地域の緊張を高めることになる。
 「反撃能力」の保有や軍事費増額は、「厳しい安全保障環境」に対する答えではない。日本の安全保障上問題なのは、軍事力ではなくて外交政策である。世界制覇を目論む合衆国と一緒になって中国や朝鮮、ロシアを敵視していて、東アジアの安全保障環境が改善するはずがないだろう。

 時の政権・与党の一存でそれまでの安全保障政策を大転換し、憲法違反の戦略や計画を決定するなんて、民主的な法治国家では有り得ない。地域に軍拡競争を招き、従って日本の安全にも寄与しないどころか戦争へと導きかねない戦後最大の大軍拡のために、増税社会保障費の削減によってその費用を賄うことも、決して受け入れらえないだろう。NHKは反対世論が醸成されることを恐れて、わざと財源以外の重要な問題に焦点を当てることを避けてきたのだろうか。
 そんなNHKの放送には、多くの視聴者が疑問を感じていることだろう。志あるNHK職員諸君、そんなんでいいんか。