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── Media Watchdog Group

明日のウクライナへと日本を導く岸田文雄

「現在の自衛隊の能力で我が国に対する脅威を抑止できるか。……率直に申し上げて、現状は十分ではありません」

 昨年末に岸田政権が安全保障関連3文書を閣議決定した際、岸田文雄総理大臣はこのように述べて、憲法違反の「反撃能力(敵基地攻撃能力)」の保有や軍事費倍増を含む戦後最大規模の大軍拡を正当化した。

 ロシアがウクライナに侵略して以来、日本や欧米などでは軍事力を強化することによって安全保障を確かなものにしようとする動きが強まっている。
 しかしロシアによるウクライナ侵略に至る経緯を考えれば、敵の侵略を防ぐために軍事力── “抑止力” と彼らは主張する──を強化しようという考え方は間違いであり、逆にさらなる紛争を招く結果となることは明らかだろう。
 ロシアがウクライナを侵略した背景として、NATOの東方拡大と欧米によるウクライナへの軍事支援がある。もちろん、それによってロシアの軍事侵略が正当化されるわけではないが、この重要な事実を認識しているか否かによって、ロシアのウクライナ侵略から導かれる教訓は全く正反対のものになってしまう。
 冷戦終結時、ソ連ミハイル・ゴルバチョフ書記長(当時)は、軍事力で相手を「抑止」する冷戦時代の安全保障体制から脱却して、相互の信頼関係に基づく統一されたヨーロッパとしての新たな安全保障体制(欧州共通の家)を築くことを提案していた。1989年7月の欧州評議会における演説で、ゴルバチョフは次のように述べ、「大西洋からウラル山脈」に至る広大な地域で経済的に統合され、相互に依存し合う、平和で民主的な「ひとつのヨーロッパ」の創造を呼びかけた。

「『欧州共通の家』構想の哲学は、武力衝突の可能性を排除し、同盟対同盟であろうと同盟内部であろうと、どこであろうと、武力行使や武力による威嚇の可能性そのものを排除します。この哲学は、抑制の教義が抑止の教義に取って代わるべきだということを提案します」

 東西冷戦が終結し、両陣営の敵対関係が消滅した今、もはや相手を「抑止」するための軍事力に依拠した安全保障体制は必要ではなく、今後は相互の安全保証や信頼関係によって平和な世界が築かれていく。このような期待はゴルバチョフに特有のものではなく、防衛省防衛研究所が指摘しているように、当時の日本や欧米でも共有されたものだった(防衛研究所紀要 第1巻第2)。その後、東西冷戦時代に設立された両陣営の軍事同盟のうち、東側のワルシャワ条約機構は解体され、西側のNATOも軍事同盟から政治的組織へと改編されることが期待された。
 ただし、こうした動きを快く思わないグループが西側に存在した。唯一の超大国となった合衆国の覇権の維持を目論む人たちだ。
 ロシアと西ヨーロッパは、お互いに補完的な存在である。ロシアの豊富な天然資源と西ヨーロッパの技術力が結び付けば、互いに必要なものを補い合って経済を発展させることができる。しかし合衆国の政策立案者にとって、合衆国の覇権を脅かすことになるそのような構想は、決して受け入れられるものではない。ロシアとヨーロッパの統合を阻止すべく、合衆国は東西ドイツ統一の際にゴルバチョフと交わしたNATOをドイツよりも東へは「1インチたりとも拡大しない」という約束を破り、自国の安全保障上の懸念を訴えるロシアを無視してNATOの東方拡大を続けた。
 合衆国はウクライナNATO加盟をも視野に入れ、ウクライナの極右やネオナチを支援して、同国の「非同盟」の立場を法制化したヤヌコヴィッチ政権をクーデタで崩壊させ、新欧米派の政権をウクライナに樹立させた(2014年)。その後、ウクライナ議会は同国の非同盟政策を撤回して欧米との軍事的・戦略的関係を強化することを議決。2019年にはEUNATOへの加盟方針を憲法に明記した。クーデタ後に始まったウクライナに対する合衆国の軍事支援は現在まで続いている。
 ロシアを仮想敵国として設立したNATOの拡大と欧米によるウクライナへの軍事支援は、ロシアによるウクライナ侵略を招く結果となった。ウクライナは今、自国を防衛するだけでなく、ロシアの「弱体化」という合衆国の目標(ロイド・オースティン合衆国国防長官)のために欧米の支援を受けてロシアと戦っている。

 今、東アジアでも、ウクライナと同じことが起ころうとしている。合衆国政府が公言しているように、同国にとって「唯一の競争相手」はロシアではなくて中国だ。近年の中国の経済的な台頭はもちろんだが、ロシアの資源と日本の技術力、それに中国の人口など、統合すればさらなる経済発展が期待される東アジアは、合衆国にとって潜在的競合地域である。ロシアとヨーロッパの統合を受け入れることができないのと同じように、東アジアに合衆国の覇権を脅かす国家なり地域が存在することは、合衆国にとって許されることではない。
 辺野古米軍新基地建設や南西諸島の軍事要塞化、集団的自衛権を認める安全保障法制制定など、これまで日本政府は合衆国の要望に応えて合衆国の覇権のための戦争の準備をしてきたが、それをさらに加速させるのが、岸田政権が決定した安保関連3文書だ。「敵基地攻撃能力」の保有や軍事費倍増など、憲法も庶民の生活も無視した岸田政権の空前の大軍拡方針に、合衆国政府は大喜びだ(日経22/12/17、夕刊;時事22/12/17)。
 国会での議論を後回しにして、さっそく合衆国を訪問してバイデン政権に閣議決定したばかりの安保関連3文書について説明し、合衆国のトマホーク購入まで約束した岸田文雄は「大変手厚く、親密な対応をしていただいた」と言って逆上せ上っているが、日本がウクライナのように東アジアで中国を「弱体化」させるために戦う用意をしてくれているのだから当然だろう。

「現在のウクライナ危機は準備運動に過ぎない」、「大きな別の危機がやって来る。そして私たちが長らく経験していない方法で試されるようになるのも、そう遠い先のことではないでしょう」(合衆国戦略軍司令官、チャールズ・リチャード海軍大将

「われわれは……[対ロシアでウクライナでやったのと同じように]日本やフィリピンなどでも舞台作りをやっている」(第三海兵遠征軍司令官、ジェームズ・ビアマン中将

 岸田文雄は国会演説やアジア安全保障会議NATO首脳会議など、様々な場面で「ウクライナは明日の東アジアかもしれない」と述べて中国を念頭に危機感を表明しているが、まさに日本を明日のウクライナへと導いているのが岸田文雄である。
 ウクライナのクーデタ後に始まった「舞台作り」からウクライナ戦争まで約8年。中国やロシアを敵視して大軍拡を企てる日本政府の暴走を放置していたなら、確かに、日本が合衆国の覇権のために中国と戦う日が来るのもそう遠くないだろう。市民が立ち上がり、日米両政府の狂気を止める必要がある。