Bark at Illusions Blog

── Media Watchdog Group

問題は日本が「弱すぎること」だと言って日本政府の軍拡を後押しするニュースウオッチ9

 「反撃能力」(「敵基地攻撃能力」)の保有や5兆円規模の軍事費増額など、岸田政権と自民公明与党が戦後最大の大軍拡を図っている。憲法との整合性や、日本の軍拡が地域情勢に与える影響、それに社会保障費を毎年削減して庶民の暮らしを苦しめている厳しい財政事情などを考えれば、とても正気の沙汰とは思えないが、公共放送を自負するNHKは、日本の安全保障の問題は「弱すぎること」だと説く専門家の言葉で、日本政府の暴走を後押ししている。

 ニュースウオッチ9(22/11/30)は、「反撃能力」保有の議論の背景には「日本を取り巻く安全保障環境の劇的な変化」があると指摘した上で、「今後の日本の防衛を考えていく上で、何がポイント」なのか、「政治外交史が専門」だという兵庫県立大学五百旗頭真理事長に話を訊いた。
 まず日本の安全保障環境の現状について尋ねられた五百旗頭は、「北朝鮮、中国、ロシア」には「秩序のコントロール」がなく、軍事力を強化して「機会があったらそれを使いかねないという力による現状打破」の「性格」があると指摘し、そのような国家が「日本の近くに3か国もある」のは「リアルな脅威」だと説明。特に中国の軍拡について「人類史上例を見ないような物凄い勢い」だと述べて問題視した。
 その中国とどのような関係をどのように築くか尋ねられた五百旗頭は、

「第一には、日本の自助能力は『捨てたものではない、結構対応力がある』(と思わせる)。その一つが反撃能力ですね。2番目に、日米同盟がしっかりある。3つ目は、そうやって備えをし国際関係を大事にするけれども、中国とも話をすると。話をして協力の可能性を持ちあうこと」

だと主張。さらに、

「今、実は問題は弱すぎることなんですね。中国の方が圧倒的に強い。北朝鮮すら核・ミサイル能力が日本より上だ。その中で、弱すぎるためにむしろ平和を破る動機を相手に与えかねない。そういう事態になってるんですね。(「反撃能力」を)使わないということが我々にとっては非常に大事なんですが、持って使い得るというふうに相手が思うということが、抑制する非常に大きなポイント」

だと述べて、「反撃能力」保有の必要性を訴えた。

 まず、日本の安全保障環境に関する五百旗頭の現状認識は間違っている。五百旗頭が「秩序のコントロール」がなく「力による現状打破」の「性格」だと評する3か国のうち、朝鮮は合衆国や韓国などと戦争状態にある。最近の朝鮮のICBM発射実験で、日本政府やマスメディアは宇宙空間を飛行中で日本の領土に影響を及ぼすはずのない非現実的な脅威に対して大騒ぎしていたが、朝鮮戦争で合衆国に国土を執拗なまでに破壊され、その後も核による威嚇や朝鮮侵略を意図した大規模な軍事演習など、合衆国の軍事的脅威にさらされ続けてきた朝鮮にとって、合衆国による侵略の脅威は極めて現実的なものだ。朝鮮の核兵器弾道ミサイルはそうした脅威から国家を守るために抑止力として開発されたものであり、9月に成立した朝鮮の「核戦力政策に関する法令」(朝鮮中央通信、22/9/9)でも明言しているように、朝鮮を侵略しない限り、核攻撃の対象にはならない。従って合衆国の朝鮮侵略に協力しなければ、日本にとって朝鮮は脅威にはなり得ない。中国については、マスメディアなどの影響で、日本では中国が一方的に軍拡を行い、南シナ海東シナ海への「海洋進出」を行っているという風に一般に認識されているが、中国の軍拡は、中国の発展を抑え込もうとする合衆国の軍事的圧力への対抗措置である。Bark at Illusions20/9/1121/9/2等)でも度々指摘してきたが、合衆国は400以上の軍事施設で中国を包囲しており、中国の交易ルートを遮断するための海上封鎖の演習を行う(CounterPunch20/8/4)など、中国を軍事的に威嚇してきた。わざわざ太平洋の反対側にまで来て軍事的な威嚇を続ける合衆国に対処しなければならない中国を、「秩序のコントロール」がないとか、「力による現状打破」の「性格」があるとか言うのは違うだろう。また「海洋進出」については、日中間の大きな問題として尖閣諸島の問題があるが、尖閣諸島で最初に「現状打破」を図って「秩序」を壊したのは日本である。日本と中国は尖閣諸島の領有権問題を棚上げすることで国交正常化を成し遂げたが、2012年に日本政府は尖閣諸島を国有化し、当時の「現状」を「打破」した。それ以降、中国当局の船が尖閣諸島周辺を航行したり日本漁船を追尾するようになった。ロシアについては、ウクライナ侵略は明らかに国際法違反であり、それを擁護することは出来ないが、ウクライナから独立した2か国が独立後もウクライナからの軍事攻撃を受けており、その2か国からの要請に基づいて集団的自衛権を発動した──ただし市民やインフラへの攻撃など、明らかに自衛の範囲を超えている──というロシア側の主張は、理屈としては成立する。合衆国のジョー・バイデン大統領は台湾有事の際の米軍の関与について繰り返し肯定しているが、もしも国際法と整合性を取って軍事介入するなら、台湾を独立国として認めた上で集団的自衛権を行使するという形を取ることになるのだろう。独立国の承認は各国の個別判断だが、現在合衆国は台湾を中国の一部と見做す中国政府の立場を認めており、台湾の独立承認なしに介入すれば国際法違反になる。合衆国が台湾有事で軍事介入できると言うなら、ウクライナでの「軍事作戦」は国際法で認められた集団的自衛権の行使だというロシア政府の主張は、少なくとも日本や合衆国が考える「秩序のコントロール」からは外れていない。尤も、これは合衆国が台湾への軍事介入に際して国際法上の手続きを踏んでいると見せかけようとした場合の話であって、これまで世界最強の軍事力を使う「機会」を無理やり作って他国を侵略し、「力による現状打破」を繰り返してきた合衆国のことだから、実際に介入するとなると国際法との整合性など図ろうとはしないだろう。合衆国はその侵略の歴史を考えれば、ロシア程の「秩序のコントロール」すら持ち合わせていない。その合衆国と、日本は「価値観」を共有している。
 次に、中国との関係については、日本と中国は何千年も前から隣国としての交流があり、その関係は今に始まったものではないということを忘れてはいけない。前述したように、尖閣諸島の問題では日本が先に「秩序」を壊した。また日本は合衆国と共に「オーカス(AUKUS)」や「クアッド(QUAD)」、「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」など、 “インド太平洋” 地域での仲間づくりに勤しんでいるが、それらはいずれも、中国を軍事的に包囲したり経済的に排除することを意図したものだ。一方で中国との対立構図を地域に持ち込もうと企てておきながら、「さあ、仲良くしましょう」と中国に言ったところでうまくいくわけがない。中国との良好な関係を築くには、日本が中国に対する敵対的な外交姿勢を改める必要がある。
 一に軍拡、二に軍事同盟の強化、その上で対話というのは、外交政策としては根本的に間違っていることは言うまでもない。五百旗頭のような考え方が日本の「政治外交史」の専門家の主流ではないことを願う。
 それから、日本が「弱すぎる」のが問題だという主張については、事実とは異なるし安全保障を議論する上でも間違った考え方だ。
 まず現在でも毎年5兆円を超えている日本の軍事費は、世界10位以内に入るトップクラスで、日本の軍事力が「弱すぎる」などということは決してない。また中国の軍拡も朝鮮の核・ミサイル開発も、過去20年以上にわたって “日米同盟” 強化や日本の軍事力強化を図る中で続けられてきたことを考えれば、日本のさらなる軍拡が地域の平和と安定に逆行することは明白だ。
 ところで、日本が「弱すぎる」という五百旗頭の主張は、「反撃能力」は「専守防衛を逸脱する」のではないかというキャスターの指摘に対するものだ。「反撃能力」は「専守防衛を逸脱」どころか、武力行使と戦力の保持を禁じた憲法第9条に明白に違反する。「政治外交史」の専門家として公共の電波を使って話すのだから、日本国憲法くらい勉強してから来い。

 ニュースウオッチ9は、「国民の間に様々な意見があります」、「日本の防衛政策の大きな転換につながる大切な議論」、「私たちは我が事としてきちんと考える段階に来ています」などと言って、このニュースを結んでいる。しかしニュースウオッチ9はこれまで軍事費を倍増させる大軍拡と「反撃能力」の保有は既定路線との前提で財源の問題ばかりに焦点を当ててニュースを伝えており、「反撃能力」は憲法違反だと明白に否定する専門家や、軍拡そのものに反対する市民の声さえほとんど伝えていない。議論に必要な情報を提供することを完全に怠っている。それに加えて、このような邪説を並べて第二次世界大戦以来の空前の大軍拡を企てる日本政府の大暴走を後押ししているのだから、政府の都合のいいように世論を誘導しようとしてるとしか考えられない。
 NHKは、もう公共放送の看板下ろせや。