Bark at Illusions Blog

── Media Watchdog Group

それを根拠に尖閣諸島が日本の領土だというには無理がある

 先月行われた日中外相会談後の共同記者会見で、中国の王毅外相が「日本の漁船が絶え間なく釣魚島(尖閣諸島)の周辺の敏感な水域に入っている。これに対して中国側としてはやむを得ず必要な反応をしなければならない」と述べたことについて、毎日新聞の特別編集委員山田孝男は『尖閣、なぜ日本領か』(20/12/7)と題するコラムで、王毅の「耳を疑う」発言に「敏感に反応したのは共産党産経新聞自民党の右派だけだった」と述べ、「しんぶん赤旗にも、産経にも、自民党機関紙にも縁がな」い、「広範な中間派の鈍感さ」を問題視している。そして「国連憲章国際法に基づく外交の礎」として「国民」が知っておくべき「基礎」として、尖閣諸島は日本の領土だと主張する共産党の見解を紹介している。

 山田孝男が「日本政府の見解とほぼ共通で党派的な偏り」がなく、「政府のQ&Aより体系的で、明治期の記述など政府見解より詳しい」と述べる共産党の見解の要約は次の通りだ。

尖閣は近代までどの国にも属さず、国際法に言う無主の地だった。
・1895(明治28)年に日本編入閣議決定。入植者がアホウドリの羽毛を採るなど、以後、一貫して日本が実効支配。
・日本の敗戦後、1951年のサンフランシスコ平和条約で米軍の施政権下に置かれ、72年、沖縄とともに日本へ返還された。
・中国は1895年から1970年まで日本の領有に対し、一度も異議や抗議を表明していない。
・中国が初めて領有権を主張したのは、国際機関が尖閣周辺の石油天然ガス資源について報告書を出した直後の71年である。
・中国は、日本が日清戦争で不当に尖閣を奪ったと言うが、下関条約とその議事録には、台湾と澎湖諸島の記述こそあれ、尖閣への言及はない。

 しかし、以上の見解は、あくまで日本側の主張だということに注意が必要だ。そして日本側の主張だけを根拠に尖閣諸島が日本領だというわけにはいかない。
 まず、尖閣が無主地だったという主張だけれども、中国側からすると、少なくとも明朝時代から尖閣は中国領だ。中国政府は『使琉球録』(1534年)に釣魚島という記述があることを根拠にしている。また日本政府の琉球併合に対する中国(清国)の抗議を受けて行われた日本と清国の交渉では、宮古島八重山列島以南(つまり尖閣諸島も含まれる)を清国に割譲し、沖縄本島以北を日本領とすることで合意(琉球分割条項)し、仮調印している(1880年)。もっとも、この合意は中国側で譲歩し過ぎだという反発があったために棚上げとなったが、日本政府が尖閣諸島の日本編入閣議決定したのは、この後のことだ。
 しかも日本政府の閣議決定日清戦争の最中に行われ(1895年)、対外的な公表もせずに、終戦後、下関条約で台湾及び澎湖諸島などの付属諸島嶼を植民地化した。中国側としては当然、尖閣諸島日清戦争によって奪われたということになるだろう。日清戦争での敗北と台湾の日本への割譲に伴い、琉球諸島に対する日本の主権を事実上認めた清国だが、第二次世界大戦における日本の敗戦で台湾と付属島嶼中華民国に返還される際、中華民国沖縄諸島の主権回復をも主張している。中華民国尖閣も返還されるべきだと認識していたであろうことは論を待たない。下関条約尖閣への言及がないのは、台湾とその付属諸島嶼を日本に割譲する際、「付属諸島嶼」の拡大解釈を懸念して島嶼の列挙を求めた清国側の提案を日本政府が拒否したからではないか。日本側は島嶼名を列挙すれば、「脱漏」や「無名の島」があった場合に「不都合」だと述べて拒否し、清国側も懸念していたのは福建省付近の島嶼だったため、福建省付近の島嶼を台湾の付属島嶼と主張することはないという日本側の確約を得て納得した。したがって、下関条約尖閣の言及がないからといって、日清戦争尖閣を不当に奪われたという中国側の主張を退けることはできない。
 また、沖縄返還の際に合衆国が日本に返還したのは、尖閣の「施政権」であって、「主権」ではない。尖閣の日本返還に対する中華民国(台湾)の抗議を受けた合衆国政府は、そのようにすることで中華民国尖閣諸島に対する主権請求権を残した。合衆国政府は領土問題について「中立」の立場を主張し、主権の問題は当事者間で解決するよう求めている。
 それから、中国が尖閣諸島の領有権を主張したのは1971年からだと言うが、日本の領有権主張も1970年になってからだ。国会会議録と関連する公文書を精査した苫米地真理氏(「尖閣諸島をめぐる『領有権問題』否定の起源:政策的解決への可能性」、『公共政策志林第3号』、法政大学公共政策研究科)によると、1970年9月7日の衆議院科学技術振興対策特別委員会における外務省条約局の山崎敏夫参事官の答弁が、「尖閣諸島の領有権に関する日本政府の最初の明快な国会答弁」であり、それ以前は日本政府も尖閣諸島の領有権を主張していない。それどころか日本政府は尖閣諸島の正確な島名すら認識していなかった。
 さらに忘れてはならないのは、尖閣諸島は日本の他に中国と台湾も領有権を主張する係争地であり、日本と中国は尖閣諸島の領土問題を「将来世代」に先送りにして国交を正常化させたという事実だ。山田孝男のコラムに限らず、ほとんどのマスメディアがこの重要な事実を無視している(Bark at Illusions、20/11/30)。
 日本と中国は尖閣諸島の問題を棚上げにしてきたのだから、いくら日本国内に向けて日本の主張の正当性を訴えたところで、日本の反中ナショナリズムが高まりこそすれ、領土問題が解決しようはずもない。問題視すべきなのは、「広範な中間派の鈍感さ」ではなく、尖閣諸島の問題を論じる上で欠くことのできない事実を伝えない日本のマスメディアの報道だ。

 尖閣諸島南シナ海の問題、それに香港や新撰ウイグル自自区の問題など、中国のこととなると、日本や欧米側から見た一方的な報道が続いている(Bark at Illusions、20/9/1、20/9/11など参照)。そしてそのような偏った報道が中国に対する警戒感を強め、「安全保障環境」を理由に軍拡を進める日本政府に正当性を与えている。
 山田孝男共産党も、安倍・菅政治に批判的なその他のマスメディアも、そのことに気づいているのだろうか。