Bark at Illusions Blog

── Media Watchdog Group

軍事同盟の強化はロシアによるウクライナ侵略に対する答えではない

 ロシアによるウクライナ侵略を受けて、日米の外相は「日米同盟の抑止力・対処力の強化」の必要性を再確認した。念頭には日米両政府が「民主主義国家対権威主義国家」の対立軸を設けて敵視する中国がある。また岸田文雄総理大臣は、「我が国の安全を守る日米同盟の抑止力、対処力」について「しっかり議論」すると国会で答弁し、日米同盟や軍事力の強化を図る考えを示した。日本侵略時の合衆国による日本防衛に疑問を呈した自民党議員に対する答弁だ。しかしロシアがウクライナを侵略したのはNATO拡大など欧米が軍事力の強化を続けてきた結果である。合衆国との同盟強化や軍事力の増強は、日本やアジア地域の平和と安定のための答えにはならない。

 よく知られているように、東西冷戦終結後、ソ連ミハイル・ゴルバチョフ大統領(当時)は、NATOがドイツより東へ「1インチたりとも拡大しない」という約束で、統一ドイツがNATOに加盟することに同意した。それにもかかわらず、NATOは東方に拡大を続けた。1999年にポーランドチェコハンガリーが、2004年にはスロベニアエストニアラトビアリトアニアルーマニアスロバキアブルガリアが、2009年にはクロアチアアルバニアが、そして2017年にモンテネグロ、2020年に北マケドニアが加盟し、冷戦終結時に16か国だった加盟国数は30か国にまで増大している。
 「1インチたりとも拡大しない」という約束は文書化されておらず、口約束だったために法的拘束力がないのは事実だが、約束は約束だ。そしてNATOの東方拡大がロシアにとって脅威となっていることも確かだろう。NATOは元々旧ソ連を仮想敵国とした軍事同盟であり、冷戦後の新たな加盟国にも米軍基地や、ロシアが攻撃用にも転用できるとして警戒する陸上配備型迎撃ミサイルシステムなどの配備も行われている。1962年にソ連キューバにミサイル配備を試みた際、合衆国が核戦争も辞さない覚悟で対処したことを考えれば、ロシアが感じている脅威の大きさを推し量ることができるだろう。NATOの東方拡大に対する懸念の声は、ロシア側からだけでなく、合衆国の外交経験者や専門家(例えば元ソ連大使のジョージ・ケナンジャック・マットロックなど)などからも上がっていたにもかかわらず、NATO諸国は全く聞き入れなかった。
 また欧米は、ウクライナの「非同盟」の立場を法制化したヤヌコビッチ政権を打倒した2014年のクーデタを支援している。クーデタは、2013年にヤヌコビッチ政権がEUとの連合(AA)協定締結のための交渉を中断してロシアとの関係を強化する方針を決めたことに対する抗議デモがきっかけとなり、そこに極右やネオナチの組織が加わることでデモが暴徒化して起こった。クーデタの後、ウクライナ議会は同国の非同盟政策を撤回して欧米との軍事的・戦略的関係を強化することを議決、2019年には憲法を改定してEUNATOに加盟する方針を固めた。この間、合衆国はクーデタで極右やネオナチを支援しただけでなく、クーデタ後の内閣の首相指名まで行い(BBC14/2/7)、現在に至るまで軍事支援(昨年までで既に25億ドル以上)を続けている。
 ロシアがウクライナを侵略した要因としては、2014年のクーデタ以来ウクライナ東部で続いているウクライナ政府とクーデタに反対する独立派との間の紛争もあるが、以上のような背景を踏まえれば、ロシアのウクライナ侵略から得られる教訓は、合衆国との軍事同盟や軍事力の強化は、決して平和や安定をもたらさず、逆に地域の緊張を高めて紛争に至ることもあるということだ。

 世界の平和と安定のために必要なのは、軍事力に頼らぬ、相互の安全保証の約束と信頼関係に基づく安全保障体制だ。
 実は、NATO諸国が拒絶したゴルバチョフによる冷戦後の安全保障体制に関する提案と、昨年12月にプーチンが提案した条約案(「合衆国とロシアの安全保障条約」「ロシアとNATO加盟国の安全保障を確保するための措置に関する協定」)は、まさに、相互安全保証と信頼関係に基づく安全保障体制をヨーロッパに構築することだった。今から30年前、ゴルバチョフは軍事同盟や軍事力の強化で相手を「抑止」する冷戦時代の安全保障体制から脱却して、欧州安全保障協力会議(CSCE、現在の欧州安全保障協力機構:OSCE)を中心にした統一されたユーラシアとしてのヨーロッパの新たな安全保障体制(欧州共通の家)を築くことを提案していた。そこではNATOは軍事同盟としてではなく、政治的な枠組みとして存続するはずだった。プーチンの提案も、国連憲章やOSCEなどの原則を基調にしており、基本的にはゴルバチョフの提案を踏襲している。条約案はNATO側にロシアの安全の保証を求めるだけでなく、ロシア側にもNATO諸国の安全を保証することを義務づけている。マスメディアはプーチンの提案のうち、NATO拡大停止要求ばかりを強調し、それはNATO諸国にとって決して受け入れられない提案だと宣伝していたが、NATO諸国は最初からウクライナを防衛するためにロシアと戦うつもりはなかったのだから、プーチンの提案をもう少し真剣に受け止めるべきだったのだ。
 もっとも、だからと言ってロシアのウクライナ侵略が正当化されるわけではない。プーチンは直ちに、無条件でウクライナに対する侵略をやめなければならない。しかしNATO諸国も、ウクライナに武器を送って戦争を長引かせたり、NATO加盟国の結束強化を図っている場合ではない。ウクライナ防衛のためにロシアと戦うつもりがないのなら、NATO諸国はウクライナ危機を解決してヨーロッパと世界に平和をもたらすために、プーチンの条約案を出発点に協議を開始することをロシアに提案してはどうか。

 アジアの安全保障についても同じことが言える。今、日本は中国の「海洋進出」への対応だとか「台湾有事」への備えだとか言って、合衆国との軍事同盟強化や南西諸島の軍事要塞化など軍事力の強化を図っているが、中国の軍拡の背景には400以上の軍事基地で中国を取り囲み、西太平洋で軍事演習を繰り返して中国に圧力をかけている米軍の存在がある(Bark at Illusions20/9/1120/9/28など参照)。日米によるさらなる軍事力強化は、当然ながら、中国を警戒させ、中国のさらなる軍拡を招くことになるだろう。それではアジアの緊張は高まるばかりだ。地域の平和と安定のために、日本はNATO同様に冷戦時代の産物である日米同盟を捨て、近隣諸国と共に信頼関係と相互安全保証に依拠する安全保障体制の構築を目指すべきだ。
 さもなければ、日本は合衆国と共に、中国やロシアとの熱戦に変わりかねない冷戦を戦うことになるだろう。