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── Media Watchdog Group

ロシアの主張を事実として伝えることは、ロシアのウクライナ侵略を正当化するためではない

 マスメディアのウクライナ情勢に関するニュースで顕著なのは、ウクライナや欧米から発せられる情報については確たる証拠が無くても事実として扱われるのに対し、ロシア発の情報は端から嘘と決めつけられ、「偽情報」として伝えられていることだ。ウクライナ東部で「ジェノサイド」が行われているという指摘も、ウクライナ政府が「ネオナチ」だという主張も、合衆国がウクライナ生物兵器を開発しているという疑惑も、ロシアが言うことはほとんど全て「偽情報」として一蹴されている。

 しかしロシアの主張を全て「偽情報」として片づけることは出来ない。
 例えば、上に例示したロシア政府の主張のうち、ウクライナ政府が「ジェノサイド」を行っているという指摘については事実と断定して間違いないだろう。ロシア系住民が多く暮らすウクライナ東部のドンバス地方では、2014年のクーデタで親ロシア派と評されるヤヌコビッチ政権が崩壊して以来、ウクライナ政府と独立派グループの間の紛争が続いており、既に1万4000人以上が犠牲になっている。この数字はウクライナ政府側と独立派支配地域の犠牲者を合わせたもので、これだけを根拠にジェノサイドと断定することは出来ないかもしれないが、ウクライナ政府がドンバスの住民を殺害していることは事実であり、国連のジェノサイド条約がジェノサイドとして定義する「(a)集団の構成員を殺害すること」に該当する可能性がある。またウクライナ政府は2014年11月に、独立派支配地域の住民に対する行政機能(学校や病院、年金支給などを含む)を停止している(ロイター14/11/16)。さらに8年間に及ぶ紛争が「50万人以上の子どもや若者の生活に、深刻な影響を与え続けて」おり、「インフラが繰り返し砲撃され」た結果、ドンバスで暮らす「400万人以上の人々が、安全な飲料水の利用を脅かされてい」るというユニセフ報告もある。こうしたことは、少なくとも国連によるジェノサイドの定義の「(b)集団構成員に対して重大な肉体的又は精神的な危害を加えること」と「(c)全部又は一部に肉体の破壊をもたらすために意図された生活条件を集団に対して故意に課すること」に該当するだろう。
 ウクライナ政府が「ネオナチ」だという指摘も概ね事実と言っていいだろう。現在まで続くウクライナ内戦のきっかけとなった2014年のクーデタ以降、ネオナチや極右政党がウクライナの政治に大きな影響を与えてきた。クーデタ自体が合衆国が支援するネオナチや極右政党によって導かれたものだったし、その後に成立した暫定政府にも極右政党が関わっていた。そしてウクライナ議会は2015年、第二次世界大戦中にドイツのナチスと協力してホロコーストに関与したり、ユダヤ人やポーランド人の虐殺を行った準軍事組織を「英雄・自由戦士」として宣言し、その地位を否定する者に法的措置を科す法律を成立させている(Nation21/5/6)。またウクライナ国家親衛隊に編入されているアゾフ大隊が過激なネオナチ組織であることは良く知られている(Declassified UK22/2/15)。アゾフ大隊創設者のアンドリー・ビレツキーは白人至上主義者で、ウクライナは「世界の白色人種」を率いて「セム族が率いる劣等人種」に対する「最後の聖戦」を行うべきだと主張している(Guardian18/3/13)。アゾフ大隊は合衆国がクーデタ以来支援しているウクライナの組織の一つだ。またウォロディミル・ゼレンスキー大統領がユダヤ人であることは、ウクライナ政府がネオナチであることを否定する理由にはならない。ゼレンスキーの最大の支援者は、アゾフ大隊への最大の資金提供者でもある大富豪のイーホル・コロモイスキーだ(Grayzone22/3/4)。ゼレンスキーもネオナチ・極右政党の影響が大きい。またウクライナは昨年12月の国連総会で、「ナチズムやネオナチズム」などの「美化」を非難する決議に反対票を投じている。反対したのはウクライナと合衆国だけだ。この事実からも、現在のウクライナ政府がネオナチに感化されていると言えるだろう。
 生物兵器開発疑惑については、今のところその真偽は不明だが、朝日新聞22/3/13)も伝えているように、合衆国がウクライナ生物兵器に関する研究を行ってきたのは事実だ。朝日新聞は、合衆国がウクライナで行っている研究は「大量破壊兵器を処理するためのプロジェクト」だとか「『生物学的脅威削減プログラム(BTRP)』と呼ばれる取り組みだ」などと説明して、

「これこそが、ロシアがいま『米国が支援する生物兵器開発』と主張する取り組みの実態だ。実際には、旧ソ連が残した生物兵器の処理を目的としたものだった」

と断言しているが、「米当局」の説明を受け売りしているだけで、疑惑は否定できない。ジャーナリストのグレン・グリーンウォルドが合衆国の炭疽菌事件(2001年)を例に挙げて指摘しているように、防衛目的の研究を行うためには毒性の強い細菌やウイルスを製造しなければならず、従って、「防衛的と分類されている研究」は生物兵器の製造に「容易に転用可能」だ。また韓国では米軍が「生物化学兵器防御」のためと言いながら、実際には「北朝鮮の小都市を想定した『仮想市街戦訓練』」を行っていたことも明らかになっている(長周20/1/8)。ウクライナで行われている研究が「生物学的脅威削減プログラム」だという「米当局」の説明は疑ってかかるべきだろう。
 さらに合衆国上院の外交委員会で、ウクライナ化学兵器生物兵器を持っているかと尋ねられたビクトリア・ヌーランド国務次官は、その存在を否定せず、

ウクライナには生物学研究施設があります。実は私たちは、ロシア軍がその施設を支配しようとしているのではないかと非常に懸念しています。それで、私たちはロシア軍が接近してきた場合に研究材料がロシア軍の手に渡るのを防ぐ方法について、ウクライナと共に検討しています」

と証言しているのだから、生物兵器開発疑惑は根拠のない「偽情報」だと言って済ませるわけにはいかない。

 もちろん、ロシア政府の主張が事実だからと言って、ロシアのウクライナ侵略を正当化することはできない。それは明白な国際法違反であり、侵略によって既に多くの市民が犠牲になっている。
 しかし事実を事実として認めることは、問題の真の解決を図るためには必要なことだ。ロシアの蛮行を止めるために、世界中の市民が反戦の声を上げるのは大切なことだが、その一方で、マスメディアがロシア憎しの感情を焚きつけて、武器を手にロシア軍と戦うウクライナ市民を賛美し、欧米各国がウクライナに武器を送ることが奨励されるような風潮ができつつあることが懸念される。そんなことを続けていては、犠牲者は増える一方ではないか。また、仮に何らかの合意が成立して停戦にこぎつけたとしても、紛争下に8年以上置かれ続けているドンバスの住民の安全の保証やロシアが懸念するNATOの東方拡大問題に関する合意がそこに含まれなければ、問題が完全に解決したとは言えず、停戦は一時的なものに過ぎないだろう。「ジェノサイド」や「ネオナチ」の問題を事実として伝えることは、ロシア政府を正当化するためではなく、ウクライナ危機と呼ばれる問題を解決するために必要なのだ。

 その意味で、ロシアの言うことは何でも「偽情報」だと決めつけて伝えるマスメディアのニュースに、報道としての価値はない。結局、彼らはプーチン政権やロシアの国営メディアと同じように、都合の悪いことは隠蔽して自分たちが望む方向に世論を導きたいだけなのだ。