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── Media Watchdog Group

軍事支援ではなく停戦や和平交渉を求める世論が沸き起こるのを妨害するマスメディア

 中国政府が「ウクライナ危機」に対する中国の立場を示す文書「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」を発表した。文書は停戦や和平交渉などを求める中国のこれまでの基本的な考え方を改めて示したもので、和平を実現するための具体的な提案を行っているわけではないが、王毅中国共産党政治局員が先月ロシアを訪問してウラジミール・プーチン大統領と会談するなど、中国は外交活動も活発化させており、和平を実現させるうえで今後中国が重要な役割を果たす可能性はある。しかしマスメディアは、そうした可能性については全く興味を示さず、逆に中国の発表した文書が如何に無意味であるか、あるいは文書に記された内容と実際の中国の行動が如何に矛盾したものであるかを示そうと一生懸命だ。

 例えば、NHKニュース7(23/2/25)は中国の文書の内容についてほとんど説明せずに、

「中国の文書は提案だと思わない。平和構想を進められるのは、戦争が領土の中で行われている当事国のみだ」(ウォロディミル・ゼレンスキー大統領)

プーチン氏が称賛する文書なんて良いもののはずがない。中国の提案が実行されても、ロシア以外の誰も利するようには見えない」(ジョー・バイデン大統領)

などと酷評するウクライナと合衆国の大統領の見方だけを一方的に伝えて中国の提案は「検討に値しない」と決めつけ、さらに、

「ここに来て、アメリカメディアが相次いで報道しているのが、ロシアへの軍事支援を巡る動きです」

と述べて、中国がロシアに対する武器の提供を「検討」しているという情報があると伝える合衆国メディアのニュースを紹介して、停戦や和平交渉を求める中国の言葉と実際の行動が矛盾しているかの様な印象を与えようとしている。
 中国がロシアへの武器提供を「検討」しているという情報は、王毅ミュンヘン安全保障会議の演説で今回の文書を発表する予定であることを明らかにしたのと同じタイミングで合衆国政府から唐突に浮上した根拠のない情報である。
 この日のニュース7は、しかしながら、バイデンは「中国がロシアへの武器の提供に大きく踏み出すとは思わない」と述べていると伝えて情報はそれ程確かではないことを示唆しているが、ニュース7、及びニュースウオッチ9は概ね、中国がロシアへの武器提供を「検討」しているという情報は信憑性が極めて高いという前提でニュースを伝えている。
 朝日新聞毎日新聞も、NHKと同様に中国がロシアへの武器提供を「検討」しているという前提でニュースを伝えている。例えば、

「露への武器提供、中国指導部議論 米が見解」毎日23/2/28

「対中制裁『他国と検討』 米国務長官 ロシア支援の場合」朝日23/3/4

 そして中国の提案については、ほとんど関心を示さないか、ニュース7と同じように提案内容をと酷評する合衆国政府の一方的な見方に沿って伝えている。

「バイデン氏『露だけ有益』 中国の仲裁案を批判」毎日23/2/26

「米国務長官『だまされるな』 中国をけん制」毎日23/2/26

 しかし、12項目からなる中国の提案(「各国の主権を尊重」、「冷戦思考を捨てる」、「戦闘の停止」、「和平交渉の開始」、「人道上の危機を解決」、「民間人と捕虜を保護」、「原子力発電所の安全を確保」、「戦略的リスクを軽減」、「食糧の海外輸送を保障」、「一方的制裁を停止」、「産業チェーン・サプライチェーンの安定を確保」、「戦後復興の推進」)は、和平実現に向けて原則的なことを述べているだけで、具体的な提案ではないだけにロシアとウクライナ双方にとってハードルも低いだろう。少なくとも、「ロシア以外の誰も利するようには見えない」とか「検討に値しない」という内容ではない。それどころか、「戦闘の停止」や「和平交渉の開始」、あるいは「一方的制裁を停止」といった中国の提案は、近頃マスメディアもその存在を無視できなくなってきたグローバルサウスと呼ばれる国々の思いを代弁しているとも言える。
 例えばブラジルのルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルヴァ大統領は、2月に行われたバイデンとの首脳会談で、ウクライナに武器を送るよう促すバイデンに対し、「私は戦争に参加したくはない。戦争を終わらせたい」と語り、さらに戦争終結のための「平和クラブ」の創設を提案している。
 そのルラの外交顧問のセルソ・アモリムDemocracy Now23/2/28)は次のように述べる。

「もし弾薬を送れば、私たちは戦争に参加したことになりますが、私たちはそれを望んでいません。それは平和と、紛争解決において平和的手段を支持するという私たちの一般的な考え方に反します。でも、それは私たちがウクライナを侵略したロシアの行為を非難しないということではありません。……私たちは平和について話さなければならないと思うのです。それは絶対に必要なことです。なぜなら、もしロシアを如何にして倒すか、ロシアを如何にして弱体化させるかということだけを話すなら、前向きな結論にはならないからです。戦争が続くことになると思います」、
「多くの人が死んでいるのです。世界には食料危機があります。エネルギー危機もあり、特に私たち、開発途上国に影響を及ぼしています。……開発途上国にとって、食べるものがなければ代替はありません。だから、私たちにとって平和は絶対に必要なのです」

 マスメディアはウクライナ情勢を巡る各国の立場の違いについて述べる時、「権威主義」の中国・ロシアと日米欧の対立軸を描き、グローバルサウスは中国やロシアに取り込まれないように、日本や欧米によって説得されるべき存在として位置づける傾向があるが、ウクライナ戦争に対する中国とグローバルサウスの思いは一致している。そして説得されるべきは、グローバルサウスではなくて、日本や欧米の方だ。この戦争は、多くの識者がどちらの国家も勝つことは出来ないと予測し、核戦争につながる懸念もある。戦争が継続すれば、それだけ犠牲が増えることも論を待たない。またアモリムが指摘するように、長引く戦争と効果のない欧米主導の対ロシア制裁は、エネルギー価格や食料価格に影響を与え、世界中の多くの人を苦しめている。長期的な環境への影響の懸念もある。ウクライナを侵略したロシアが悪いのはもちろんだが、対ロシア制裁やウクライナへの軍事支援でそれに応える欧米や日本のやり方も間違っている。必要なのは、停戦や戦勝終結のための交渉だ。ゼレンスキーは戦争当事国の問題だと言うが、ウクライナ戦争は世界中の人に影響を与えており、世界中の全ての人が当事者だ。そして地球上で起きている殺戮を止める責任もまた、全ての人にある。

 ウクライナの和平に向けて、そして人類にとっては好ましいことだが、停戦や和平交渉を求める国際社会の声が勢いづいて、日本や欧米でもそうした世論が強まれば、合衆国はウクライナに武器を送って「ロシアの弱体化」(ロイド・オースティン合衆国国防長官)のために戦争を継続させることはできなくなるだろう。だから合衆国政府は、中国が停戦に向けて動き出した途端に、中国がロシアへ武器を提供しようとしていると言い出したのではないか。
 そして合衆国の主張に沿ってニュースを伝える日本のマスメディアも、日本国内で停戦を求める世論が沸き起こるのを妨げている。