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── Media Watchdog Group

朝鮮半島の緊張を高めているのは、朝鮮のミサイルだけか

 朝鮮の弾道ミサイル発射を、日本や合衆国、韓国、国連、マスメディアなどが非難している。朝鮮は今月18日に軍事訓練で大陸間弾道ミサイルICBM)1発を発射し、その翌々日にも射撃訓練で短距離弾道ミサイル2発を発射した。今回の朝鮮のミサイル発射が、朝鮮半島の緊張を高めることは間違いない。しかし朝鮮半島の緊張の増大は、敵対し合う朝鮮と日米韓双方によるものであり、朝鮮の軍事行動だけを非難するのは公平性に欠ける。

 朝鮮の弾道ミサイル発射を受けて、岸田文雄総理大臣は「国際社会全体に対する挑発をエスカレートさせる暴挙」だと述べて朝鮮を非難。合衆国と韓国も、朝鮮半島の緊張を高める自分たちの軍事的行動は棚に上げて、朝鮮を強く非難している。また国連のアントニオ・グテレス事務総長も朝鮮に対して「挑発的行動」の即時中止と安保理決議の遵守、それに「持続可能な平和と朝鮮半島の完全かつ検証可能な非核化につながる対話」の再開を要請した。マスメディアも、朝鮮のミサイル発射を、

北朝鮮のたび重なる挑発的な行為」(NHKニュース7、23/2/18)

「北東アジアの緊張を高める許しがたい挑発」毎日23/2/20

「地域を不安定化させ、自国民を苦しめるだけの愚行」朝日23/2/21

などと表現し、日米韓の連携強化の重要性について説いている。
 日米韓の政府は当然のことながら、国連もマスメディアも朝鮮のミサイル発射を非難するばかりで、米韓の軍事行動については全く問題にしていないのだが、今回の朝鮮のミサイル発射訓練は、先月31日に米韓国防相会談で合衆国が韓国に “核の傘” を提供する「拡大抑止」強化や米韓合同軍事演習の規模拡大などを確認し、その翌日の2月1日と3日に米韓両空軍が核兵器の搭載も可能な米軍の戦略爆撃機B1Bも動員させて共同訓練を実施した後に行われたものだ。さらに3月には大規模な米韓合同軍事演習も控えている。2月の最初の米韓合同訓練の直後には朝鮮外務省が警告も発しており、朝鮮が何らかの軍事的対抗措置を取るであろうことは、十分に予測されていたことだった。それにもかかわらず、朝鮮のミサイル発射だけを「挑発」という言葉を使って非難する一方で、米韓の軍事演習については黙認するというのは、明らかな二重基準である。
 合衆国を中心とした “国際社会” やマスメディアの二重基準は、今回に限ったことではない。例えば、米韓国防相会談で確認した合衆国の「拡大抑止」提供については、昨年5月の米韓首脳会談や、同じく昨年11月に行われた日米韓首脳会談などでも明言し、バイデン政権の「核態勢見直し(NPR)」(2022年10月発表)では朝鮮が合衆国やその同盟国に核攻撃を行えば「金正恩政権は終焉を迎える」とあからさまに述べて警告しているが、朝鮮にだけ核兵器の放棄を求めておきながら韓国には “核の傘” を提供するという「朝鮮半島の非核化」を実現する上での大きな矛盾については全く問題になることがない。それどころか日米両政府やマスメディアは「拡大抑止」の提供を歓迎しているのである。また昨年は朝鮮と日米韓、双方が軍事行動を活発化させて朝鮮半島の緊張が高まった1年となったが、非難を浴びたのは朝鮮のミサイル発射だけで、朝鮮を仮想敵国とした米韓、あるいは日米韓の軍事演習や訓練が非難の対象になることはなかった。
 これは、朝鮮と米韓が戦争状態にあるということを考えれば、単に不公平というだけでなく、不条理なことである。戦争当事国の一方が軍事力強化を図れば、他方も相応の軍事的措置を取るのは当然だろう。米韓が軍事演習を拡大し、さらには「拡大抑止」の強化まで議論する中で、朝鮮が核兵器を放棄できるはずがない。朝鮮にも自衛権はあるのだ。朝鮮の弾道ミサイル発射が国連決議違反であるのは事実だが、だからと言って、朝鮮で暮らす人々にとって脅威となっている米韓の軍事行動が許されるわけではない。それにミサイルであろうと人口衛星の打ち上げであろうと弾道ミサイル技術を用いた全ての発射を朝鮮に対してだけ禁じている国連制裁決議自体が、正当性を欠いた不公平なものなのである。

 合衆国のバイデン政権は朝鮮に対して「前提条件なし」の対話を繰り返し呼びかけており、国際社会やマスメディアには、朝鮮政府はその要求に応じるべきだという見方がある。しかし、朝鮮がなぜ合衆国との対話を拒んでいるかを考える必要がある。
 米朝関係は、2018年にシンガポールで行われた米朝首脳会談で、改善に向かうはずだった。会談では合衆国のドナルド・トランプ大統領(当時)が「朝鮮の安全の保証」を約束し、キム・ジョンウン委員長(当時)が「朝鮮半島の完全な非核化」に向けた責務を再確認した上で、両首脳は「新しい米朝関係の構築」や、「朝鮮半島の永続的かつ安定的な平和体制の構築」、「朝鮮半島の完全な非核化」などで合意した。
 ところが、その後、朝鮮がミサイル施設の解体を行うなど、「新しい米朝関係」や「平和体制」の構築に向けて米朝間の信頼醸成に努める一方で、合衆国は朝鮮に対する経済制裁を継続し、さらに韓国軍にステルス戦闘機 F35A などの新鋭兵器の納入を行うなど、合衆国に対する朝鮮の信頼を損ねる行動を取ってきた。朝鮮政府は期限を切って合衆国政府の態度が変わるのを待ったが、2019年の暮れに朝鮮に対する合衆国の敵視政策は終わることがないとの判断の下、「自給自足」、「自力更生」で経済発展を目指す「正面突破戦」を宣言し、それ以来、合衆国の敵視政策撤回を対話再開の条件にしている。

 戦争状態にあり、敵対する合衆国と朝鮮にとって、相手への不信はお互い様だろう。しかし、2018年の緊張緩和から朝鮮が対話を拒むに至った経緯を考えれば、合衆国が先に朝鮮の不信感を払拭すべく行動すべきだろう。バイデン政権は単に口先だけで「前提条件なし」の対話を呼びかけるだけでなく、3月に予定されている米韓軍事演習を中止してみてはどうか。