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── Media Watchdog Group

即時停戦を求めることは、ウクライナ侵略を容認することでもロシアを支持することでもない

 ロシアによる侵略が続くウクライナでは、ロシアに占領された地域の一部をウクライナ軍が奪還したと伝えられるなど、欧米の支援を受けたウクライナが反転攻勢を強めているようだ。ウクライナ政府は2014年にロシアが併合したクリミアも含め、全ての領土をロシアから奪還するまで戦うと明言し、国際社会に対してさらなる武器の供給を求めている。しかしウクライナに必要なのは、兵器ではなくて、即時停戦だ。

 「即時停戦」と言うと、ロシアの侵略を認めるのかと、反発の声が聞こえてきそうだ。
 日本や欧米諸国では、ロシアがウクライナの領土を占領した状態での停戦を容認しようとしない風潮がある。今年3月にロシアや国際政治などを専門とする学者らからなる「憂慮する日本の歴史家の会」が声明でロシアとウクライナ双方に即時停戦を求めた際には、ソーシャルメディアなどで「侵略した側とされた側を同列に扱うな」(毎日22/8/17)などと批判されたそうだ。また、マスメディアに度々登場する専門家の中にも、即時停戦に異議を唱える者が少なくない。
 例えば、筑波大学の東野篤子教授(毎日)は、

「即時停戦論は現実から乖離している」

と断言する。単にロシアに停戦に応じる用意があるとは思えないというのがその主な理由だが、東野は続けて、

「いずれにせよ、戦争を継続するか否かを決定できるのはウクライナだけだ。他国に『戦争をやめろ』と言う権利はない。……こう主張するだけで、『徹底抗戦させる気か』と非難する人もいるが、その人たちは停戦を強制された後の事態に責任が取れるのか」

と述べ、

「日本でロシアを信用しすぎたり融和的な意見が出たりする背景に、イラク戦争などで噴出した根強い反米意識を感じる。反米意識の根本には、『強者の横暴を許さない』というまっとうな感覚があるはずだ。ならば侵略者ロシアを非難するはずだが、米国への反感のあまり、極端に言えばウクライナが米国に操られていると思い込み、結果としてロシアの肩を持つ」

と分析。そして、

「日本外交は『中小国が大国に脅かされない秩序を守るには、武力による現状変更を黙認してはならない』と、愚直に説き続けるべきだ。今のロシアの行動を黙認すれば、中小国への侵略は許容範囲という地獄の世界秩序ができてしまう」

などと主張している。

 しかし、国際社会が停戦のための仲介をしようとせず、逆にウクライナに武器を送っていたのでは、戦争は長期化し、犠牲者が増え続けることになる。病院やインフラもさらに破壊され、多くの人が苦しむことになるだろう。また戦線がNATO諸国にまで拡大すれば、核戦争になりかねない。「民主主義」のためだか「国際秩序」のためだか知らないが、戦争の継続で犠牲になるウクライナ市民のことや核戦争の危険性も顧みずに、ウクライナ市民に武器を持たせ、ミサイルの飛んでこない離れたところから戦争継続を支持する方がよっぽど無責任だ。
 即時停戦を否定し、侵略者に対する「徹底抗戦」を容認することが如何に浅はかなことであるかは、他の地域の紛争や侵略戦争に当てはめてみると明らかだ。
 今年8月にパレスチナイスラエルの先制攻撃によって始まった紛争は、3日間で停戦合意が成立したが、その停戦を仲介したエジプトは間違ったことをしたのだろうか。イスラエルは建国直後から、国連提案のパレスチナ分割案を大きく上回る領土を支配し、その後も戦争によって支配地域を広め、現在もヨルダン川西岸の占領地で入植地の拡大を続けている。イスラエルによるパレスチナ占領も、度々繰り返されるパレスチナへの空爆やその他の暴力も、全て国際法違反だ。国連安保理の対イスラエル非難決議でほとんどいつも拒否権を発動するなど全面的にイスラエルを支持する合衆国の後ろ盾もあって、イスラエルパレスチナでの占領政策をやめるよう要求する国際社会の声には全く耳を傾けようとしない。国際社会は「国際秩序」を守るために、パレスチナイスラエルに占領された全ての領土を奪還するまで、パレスチナに武器を送って「徹底抗戦」できるよう支援すべきだろうか。東野篤子は合衆国が大量破壊兵器の存在を捏造してイラクを侵略した「イラク戦争」に言及しているが、イラクを侵略した合衆国に対して抗議の声を上げた人の中に、侵略されたイラクの「徹底抗戦」を支援するためにイラクに武器を送るべきだと主張した人はどれ位いただろう。
 パレスチナイラクに対しても武器を送って支援すべきだと考えているのなら別だが、「侵略した側とされた側を同列に扱うな」などと停戦を拒否する態度は、人種差別的な二重基準をも感じさせる非常に歪んだ態度だと言わねばならない。

 即時停戦を要求することは、ロシアの侵略を容認したり、ロシアを支持したりすることとは明確に異なる。自衛でもなく国連安保理の承認も得いていない武力行使国際法違反であり、ウクライナに軍事侵略したロシアが悪いのはわかり切ったことだ。しかし、まずは戦闘行為を中断し、これ以上犠牲者を増やさないためにはどうすべきかということに重点を置く必要がある。
 今年3月にイスタンブールで行われた停戦交渉では、ウクライナ政府が同国の「中立化」を受け入れる考えを示し、ロシア側が停戦合意に向けた「環境づくり」のためにキエフ周辺での軍事活動を縮小させるなど、停戦合意は間近かと思われたが、その後、ロシア軍撤退後のブチャの路上で数多くの一般市民の遺体が確認されたことで停戦に向けた雰囲気は一転した。しかし重要な点は、停戦の条件を変えたのはロシアではなくてウクライナだということだ。ウクライナ政府はイスタンブールで示した譲歩案から態度を後退させ、それを受けてロシア軍は再びキエフへの攻撃を再開させた。ロシア政府に停戦交渉に応じる用意がないと断言することは出来ない。
 まずは停戦によって殺戮と破壊を止めた上で、交渉によってロシア軍をウクライナから撤退させ、そして侵略を許さない、侵略させない安全保障体制を改めて構築すべきなのだ。
 その体制はもちろん、NATOや日米同盟のような軍事力に依拠するものではなく、相互による安全保証と信頼関係に基づく安全保障体制でなければならない。