Bark at Illusions Blog

── Media Watchdog Group

合衆国の同盟国による国際法違反や人権侵害は、バイデンやマスメディアにとって問題にならない

 合衆国のジョー・バイデン大統領が、就任以来初めて西アジアを訪問した。イスラエルイスラエル占領下のパレスチナ、それにサウジアラビアを訪れた今回のバイデンの旅行は、バイデン政権が重視しているという人権や表現の自由、法の支配といった価値観が、如何に口先だけのことであるかを、改めてはっきりと示すものとなった。

 まず最初に訪れたイスラエルでは、バイデンはイスラエルのヤイル・ラピド首相との首脳会談で、国際法違反であるイスラエルによるパレスチナ占領政策や、パレスチナアメリカ人ジャーナリストのシリーン・アブ・アクラ暗殺など、イスラエルによる犯罪行為を全く咎めることなく、イスラエルと合衆国の軍事面・経済面での連携強化を確認。イスラエルの安全保障に対する合衆国の「揺るぎないコミットメント」や、イスラエルに対する合衆国の軍事支援の継続も再確認した(ホワイトハウス22/7/14)。
 続いて訪れたイスラエル占領下のベツレヘムでは、パレスチナのマフムード・アッバス議長との首脳会談で、バイデンはイスラエルパレスチナの「二国家共存」の目標は変わっていないと述べ、パレスチナ市民が直面している苦境にも言及したが、イスラエルによるパレスチナ人の土地の収奪や移動制限、経済封鎖、不当拘束、殺人、その他パレスチナ人に対するあらゆる人権侵害や抑圧が、天災か何かの不可抗力によってもたらされているかのような言い回しで、それがイスラエルに対する合衆国の全面的な支援によって継続しているという自覚もない(ホワイトハウス22/7/15)。「今こそ、この占領を終わらせる時ではないか」と述べてイスラエル占領政策や暴力を止めるための取り組みをバイデンに促すアッバスに対して、バイデンは「交渉再開の機が熟していない」と述べるなど、問題の早期解決に向けて動こうとせず、占領地を含むエルサレムイスラエルの「首都」と認定したトランプ前政権の決定の撤回や、約束していた合衆国の東エルサレム領事館再開すら実現しようとしなかった(ホワイトハウス)。
 そして石油増産を要請するために訪れたサウジアラビアでは、ジャーナリストのジャマル・カショギの暗殺を指示したムハンマド・ビン・サルマン皇太子との会談や拳を合わせた挨拶などで、事実上サルマンを免罪し、国際社会に合衆国とサウジアラビアの関係改善を印象付けた。バイデンはカショギ暗殺事件について「会談の冒頭で提起」し、サルマンの責任を問題にしたと言い訳したが、バイデンによるとサルマンは「自分には個人的な責任はない」と答えたということで、全く意に介していないようだ(ホワイトハウス22/7/15)。しかしそれでも、バイデンにとってカショギ暗殺の件はこれでお終い。バイデンはサウジアラビアに「皇太子に会うために来たわけではない」のだ(ホワイトハウス)。ただしこれはバイデンの話が正しかった場合の話で、会談に同席したサウジアラビアの高官はバイデンがサルマンに責任があると言ったのを聞いていないと反論している(ロイター22/7/17)。また、バイデンはイエメンでの停戦継続と外交による和平実現に向けて協力することでサウジアラビアの首脳と合意したと述べたが、サウジアラビア主導のアラブ連合軍の侵略によってもたらされた数十万人の死者や数百万人の避難民、それにインフラなどの破壊についての責任は問わなかったし、連合軍による停戦違反(Pars Today22/7/11などを参照)についても問題にしなかった。
 このように、「民主主義と権威主義の戦い」という標語を掲げて、中国やロシアの国際法違反や人権状況を特に問題にしているバイデンだが、合衆国やその同盟国・友好国の事となると、法の支配や人権の尊重といった原則は、どこかへ消え去ってしまうようだ。

 日本のマスメディアも、バイデンの訪問先の国際法違反や人権問題などについて、カショギ暗殺事件以外、ほとんど問題にしなかった。
 例えば、NHKニュース7の最大の関心事は、バイデンがサウジアラビア首脳との会談でサウジアラビアに石油増産の約束を取り付けることができるかどうかということであって、イスラエルサウジアラビアによる国際法違反や人権侵害についてはほとんどまともに取り上げていない。
 ニュース7(22/7/16)は番組の前半で石油の増産要請に焦点を当てて、バイデンのサウジアラビア訪問について伝えたが、キャスターが冒頭で、

「王宮で出迎えたのは、ムハンマド皇太子です。両国は人権状況を巡って関係が冷え込んでいます。二人は握手はせず、右の拳を突き合せる形での挨拶となりました」

と述べるだけで、「人権状況」については全く説明していない。そして石油に関するお話を続けた後、現地と中継をつないでバイデンに同行取材しているNHKワシントン支局の辻浩平にキャスターが訪ねた質問は次の二つ。

「今回の訪問で、バイデン大統領ですが、原油の増産を引き出すことはできると考えますか」、
サウジアラビアとの交渉は難しいものになると見られる中で、バイデン大統領がこの中東訪問に踏み切ったのはどうしてなんでしょうか」

サウジアラビア国際法違反や人権問題は全く念頭にない。二つ目の質問に対して、辻浩平は、

「バイデン政権はサウジアラビアの人権問題を厳しくこれまで批判してきただけに、国内からは、原油欲しさに人権問題を棚上げしたという批判も上がっているんです。それでも中東訪問に踏み切った背景には、まさに背に腹は代えられない事情があったからだといえます」

と答えるが、やはり「人権問題」についての詳しい説明がない。またこの説明からは、なぜサウジアラビアの「人権問題」だけ「棚上げ」できるのか、という疑問が生じてくる。「背に腹は代えられない事情」があるのなら、なぜイランやベネズエラに対する制裁解除ではなくてサウジアラビアなのか。なぜウクライナを侵略したロシアへの制裁は続けるのに、イエメンの何十万人もの死者や何百万人もの避難民に責任のあるサウジアラビアは許容できるのか。
 続いてニュース7(同)は、キャスターがバイデンの西アジア訪問の「もう一つ」の「狙い」は「イランに対する包囲網の強化」だと述べて、石油の問題からイランの核開発などに話題を変え、バイデンは「イランの核開発」の「制限」や、「イランと関係を深めるロシアの影響力」が西アジアで高まるのを阻止するために「イスラエルの中東地域への統合」を図っているのだと説明する。
 結局、ニュース7(同)はイスラエルによるパレスチナ占領政策や、アブ・アクラ暗殺については、全く言及しなかった。ニュース7が今回の西アジア訪問について伝えたのはこの日だけだ。ニュース7イスラエルパレスチナを巡る問題を完全に無視している。
 他のマスメディアも、カショギ暗殺事件に触れた以外は、サウジアラビアイスラエルによる国際法違反や人権状況について、ほとんど問題にしていない。イスラエル占領政策については、パレスチナ側の不満の声を伝えているものも少なくないが、バイデンのイスラエル訪問で注目したのは、ニュース7と同様に、イランに圧力をかけるためのイスラエルと合衆国、それに西アジアアラブ諸国との軍事面などでの関係強化だ(朝日22/7/15毎日22/7/15など)。
 イランに関するマスメディアの伝え方の問題点については省略するが、イラン核合意については、合衆国がイランに対する制裁を解除するか否かにかかっていること(Bark at Illusions21/2/2821/12/11など参照)、イスラエルはイラン核合意を妨害してきたこと、イランがNPTに加盟しているのに対してイスラエルはNPT非加盟で核兵器保有していることなどを考えると、「イランの核開発」を「制限」するためにイスラエルを「中東地域」に「統合」するという考え方が如何に不真面目で不合理なものであるかが分かるだろう。

 国際法や人権問題に関する合衆国の二重基準は、バイデン政権に特有のものではない。イスラエルパレスチナ占領政策に対する合衆国の支持は半世紀以上に及ぶものだし、アラブ連合軍によるイエメンへの軍事介入については、合衆国は2015年の侵略当初からサウジアラビアUAEなどに軍事支援を行っている。また合衆国自身が、ベトナムラオスカンボジアグレナダパナマユーゴスラビアイラクアフガニスタンソマリアリビアなど、世界各地で、国際法を無視して他国への侵略戦争を繰り返してきた。
 今、日本や欧米諸国はウクライナを侵略したロシアへの経済制裁を呼びかけているが、参加しているのは40か国程度にとどまっている。こうした合衆国の二重基準こそが、多くの国家が合衆国主導の経済制裁に賛同しない大きな理由の一つだろう。
 しかし、合衆国の二重基準をすっかり内在化させてしまった日本のマスメディアだけを見ていたなら、それに気づくのは難しいかもしれない。