合衆国政府がベネズエラに対して行った軍事侵略について、マスメディアはまるでそれが麻薬密売人征伐かベネズエラの民主化のための「作戦」であるかのような伝え方をしています。
周知のとおり、合衆国は1月3日、ベネズエラを軍事攻撃し、麻薬密輸などの容疑をかけて起訴していたニコラス・マドゥーロ大統領夫妻を拉致しました。重大な主権侵害であり、国際法違反であることは否定しようがないことなので、マスメディアも一応は国際法違反の指摘をしていますが、その指摘は控えめで、ほとんどの場合、国際法違反の「疑い」があるとか、国際法違反との「指摘も」あるといった具合に、国際法違反だと直に断言して指摘するのを極力避けています。またベネズエラを侵略し、大統領夫妻を拉致したことに対する主な批判や懸念は、マドゥーロ排除後の計画がないことや、マドゥーロ排除だけで合衆国政府の目的が達成できるかどうかは疑わしいこと、或いは中国やロシアの侵略行為に正当性を与えかねないといったものがほとんどで、今回の合衆国の侵略自体を批判しているものは僅かです。
そして合衆国が他国を武力侵略したという事実などすぐに忘れて、マスメディアは合衆国政府の主張に沿って、合衆国の侵略行為が麻薬密売人に対する法執行であるかのように伝えたり、マドゥーロ排除によるベネズエラの民主化に向けた動きとしてニュースを伝えています。
昨年の9月以来行われてきた合衆国によるカリブ海や東太平洋における小型船舶への攻撃も含め、マスメディアは「麻薬テロ」対策だという合衆国政府の主張をほとんど疑っていませんが、その主張は矛盾だらけです。まず小型船舶への攻撃については、合衆国政府はその船が麻薬を密輸していたという証拠を示したことがありませんし、ベネズエラから合衆国へ流入している麻薬もごく僅かです。またトランプは昨年12月に、合衆国への麻薬密売の罪で45年の禁固刑で服役していたホンジュラスのフアン・オルランド・エルナンデス元大統領に恩赦を与えたばかりで、全く一貫性がありません。しかも言うまでもないことですが、仮に麻薬を密輸していたという合衆国政府の主張が正しかったとしても、それを理由に船舶を爆撃したり、軍事攻撃をする権利はないのです。マスメディアはこうした矛盾点を指摘するのを怠るだけでなく、マドゥーロ夫妻をニューヨークへ連れ去った行為について、その行為に違法性があることを意味する「拉致」や「誘拐」という言葉を使用するのを避け、逆に合衆国政府に正当性があるかのように「拘束」という言葉で説明し、マドゥーロを拉致した2日後にニューヨークで行われたマドゥーロの裁判についても、あたかも正当な裁判で、合衆国にはそうする権利があるかのように伝えています。また概してマスメディアは裁判と同じ日に同じニューヨークで行われていたベネズエラ侵略を巡る国連安保理の緊急会合よりも、裁判の方によりニュース価値を置いて伝えていました。
またマスメディアは、「ベネズエラの民主化は図られるのか、問われるのはこれから」だ(広内仁、NHK、ニュースウオッチ9、26/1/5)とか、「今後、マチャド氏らに科されている処分を解除するなど……民主化に向けた動きが進展するかが注目される」(毎日、26/1/10)などと、合衆国によるマドゥーロ排除によって、これからベネズエラの民主化に向けた動きが始まるかのような伝え方をしていますが、合衆国は選挙で選ばれた大統領を拉致し、ベネズエラ市民の意向を無視して暫定大統領を指名し、言うことを聞かなければマドゥーロよりも酷い目に合わせると脅しているというのに、それをベネズエラの民主化に向けた動きだなんて、全く馬鹿げています。しかも民主化に言及するマスメディアですが、彼らはベネズエラ市民のことなど全く気にかけていないのです。合衆国の攻撃によるベネズエラの被害状況についても、攻撃に対するベネズエラ市民の声についても、マスメディアは概して無関心で、攻撃に対するベネズエラ国内の抗議の声をマドゥーロ派によるものとして矮小化したり、攻撃を支持するベネズエラの一部の暴力的な野党の声を拡大して、それがあたかもベネズエラを代表する声であるかのように伝えるなど、軍事侵略によるマドゥーロ排除がベネズエラ市民の大多数からも支持されているかのようにミスリードしています。例えば、JETOROアジア経済研究所の坂口安紀氏(ニュースウオッチ9、26/1/5)は、ベネズエラの「大半の方々はマドゥーロ政権に対して批判的なので喜んでいる」と主張していますが、合衆国の平和団体コードピンクのベネズエラ系アメリカ人、ミシェル・エルナー氏(FAIR、26/1/16)が指摘しているように、「合衆国に自国を爆撃するよう求めている野党勢力はベネズエラの大多数ではない」のです。長周新聞(26/1/17)が伝えているように、実際、多くのベネズエラ市民が、合衆国による侵略と大統領拉致に抗議の声を上げています。
批判は通り一遍か的外れで、侵略した合衆国政府の発表を基にニュースを伝え、侵略されたベネズエラ側の声は無視するか歪曲する。マスメディアは結局のところ、今回の合衆国の侵略を正当化しているのです。
ベネズエラへの軍事侵略に至るまで、マスメディアは国際法違反が明白な合衆国による小型船舶の攻撃を麻薬対策として伝え続け、侵略後は合衆国政府がベネズエラの暫定大統領を指名して国家を「運営」する権利を疑わず、ベネズエラの石油を管理する権利を疑わず、またトランプが次の攻撃の矛先はイランだとかコロンビアだとかキューバだなどと威嚇しても国際法の観点からそれらを批判せず、合衆国にはそうしたことをする権利があるかのような伝え方をしています。
ニュースウオッチ9(26/1/9)はトランプが「国際法は必要ない」と述べたことを「驚くような発言」として伝えていますが、それは驚くようなことではありません。トランプに限らず、歴代の合衆国政府が行ってきた国際法に反する行為を、マスメディア自身が合衆国大統領には国際法など関係ないかのようにして伝えてきたのですから……。