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── Media Watchdog Group

アメリカ合衆国に対するマスメディアの幻想

 合衆国の大統領選挙でドナルド・トランプ前大統領が当選したことを受けて、マスメディアはこれまでの「民主主義」や「法の支配」を尊重する国際秩序が崩壊してしまうのではないかと心配している。合衆国建国以来の数えきれない程の侵略戦争や他国政府の転覆という歴史的事実にもかかわらず、日本のマスメディアは合衆国政府に対して正義か何かそんなものについての肯定的な幻想を抱いているようだ。

 例えば、毎日新聞24/11/13)社説は、トランプの「外交戦略」について、

「民主主義や法の支配といった価値観を重視し、同盟国との協力を強化してきたバイデン政権の路線を転換するもの」

だと主張し、「バイデン政権との違いが際立って」いる例として、「台湾問題への対応」を挙げて、トランプが大統領選挙中に「台湾は米国から半導体ビジネスを奪った」、台湾は「我々に防衛費を支払うべきだ」と発言していたことを問題視し、「一連の発言は、米国が台湾問題に深入りしないとの誤ったメッセージを中国に送る危うさがある」と指摘。そして「中国が武力を行使しても米国が軍事介入しないのではないかと危惧する『疑米論』」が台湾で「くすぶっている」と説明した上で、

「民主主義などの価値観を重視する外交戦略が転換されれば、その影響は台湾問題にとどまらない。南シナ海での中国の威圧的行動、香港や少数民族地域の人権問題に対し、米国が厳しい姿勢を見せなくなれば事態は深刻化する」、
「『力による現状変更』も辞さない権威主義国家の振る舞いに米国が目をつむり、民主主義陣営のリーダーとしての役割を放棄すれば、同盟国からの信頼は失墜する」

などと述べて、トランプの「外交戦略」が「戦後の国際秩序」に与える影響に懸念を示している。
 また、朝日新聞編集委員、奥寺淳(24/11/13)は、「(トランプ再来 解説と展望)『例外主義』後退、世界秩序の転換点」と題する論説で、第二次世界大戦後の「米外交は国益を広く定義」し、

「他国の繁栄と安全、自由を支援することで自国を豊かにし、米欧が築いた国際規範や民主主義を広めようとしてきた」

と主張し、トランプの「言動は世界の秩序を守るという戦後の米外交に一貫していた哲学からは程遠い」と述べて、トランプの大統領復帰に警戒感を示している。

 朝日新聞のアジア総局長、武石英史郎(24/11/12)も、

民主化支援は米国の対外援助の柱だった。ソ連崩壊後の東欧などの体制転換、アフガニスタンイラクでの力による民主化など、形を変えながらも超党派の支持を得てきた。しかし、トランプ前政権は民主化支援そのものを疑問視し、関連予算の大幅削減を要求した」、
民主化を求める米国の重しが消えれば、中国のような専制に流れる国が増え、国際秩序が変質する恐れもある」

と述べて、「独裁者や強権的指導者との取引を好む」トランプの外交に危機感を示している。
 他にも、これは寄稿文だが、順天堂大学藤原帰一特任教授(朝日24/11/20)は、

「第2次トランプ政権のもとで米国が『リベラルな国際秩序』から離れ、国際関係がこれまでにない混乱に陥ることが避けられない」

と主張。藤原帰一は「リベラルな国際秩序」について、「覇権国の主導によって、国際関係における法の支配を実現するもの」だと説明し、

「『リベラルな国際秩序』の維持と拡大は歴代の米国大統領が対外政策の中心としてきた。だが、トランプは違う。国内においても法の支配に服することを拒み続けたトランプは、国際関係も権力闘争の領域として捉え、むしろ実力者支配を隠そうともしないロシア大統領プーチンや中国国家主席習近平を優れた指導者として讃えてきた」

と述べて、「『リベラルな国際秩序』から『力の均衡』としての国際政治への転換」を危惧している。

 ここに挙げたいずれの例も、合衆国政府が「民主主義」や「法の支配」に基づく国際秩序を維持するための役割を果たしてきたと認識しているようだが、歴史を振り返れば、この前提が事実に反することは明白だ。
 例に挙げた幾つかの記事が合衆国の歴代大統領とトランプを比較する上で対象としている第二次世界大戦以降だけを振り返ってみても、合衆国は国際法を無視して侵略戦争を繰り返し、クーデタを企てるなどして世界各地で民主的な動きを潰し、合衆国にとって都合のいいお気に入りの独裁者を支援してきた。
 例えば、戦後間もない朝鮮半島では、日本の植民地支配から解放された市民による独立政府樹立に向けた動きを暴力的に潰し、現在まで続く民族の分断と朝鮮戦争へと導いた。ベトナムでは民族自決を掲げるホー・チ・ミンによるベトナム統一を阻止するために南ベトナムに傀儡政権を樹立し、さらに同国を軍事侵略して数百万人のベトナム人を殺害した。インドネシアでは大衆に支持されていたインドネシア共産党を敵視して独裁者スハルトを支援し、数十万人から300万人と推定される共産党員やその支持者などの虐殺に協力している。また合衆国がクーデタを企てて政権を転覆させたイランやコンゴ民主共和国グアテマラ、ブラジル、チリ、アルゼンチンなどの市民は、その後長らく独裁政権の下で苦しむことになった。
 この他にも、合衆国はラオスカンボジアパナマグレナダセルビアイラクアフガニスタン、シリア、イエメン、リビアソマリアなど、数多くの国を軍事侵略し、ハイチ、ベネズエラホンジュラスボリビアウクライナなど、世界各地でクーデタを試み、民主的に選ばれた多くの政府を転覆してきた。そしてクーデタで政権を奪取した者も含め、歴代の合衆国の大統領は、モハンマド・レザー・パフラヴィー(イラン)やモブツ・セセ・セコ(コンゴ民主共和国)、カステロ・ブランコ(ブラジル)、アウグスト・ピノチェ(チリ)、ホルヘ・ラファエル・ビデラ(アルゼンチン)、マヌエル・ノリエガパナマ)、フェルディナンド・マルコス(フィリピン)、スハルトインドネシア)、サダム・フセインイラク)、フランソワ・デュヴァリエ(ハイチ)など、数多くの独裁者を支援してきた。
 論説記事の見出しでトランプの再来を「例外主義」の「後退」だと言い表した奥寺淳は、「例外主義」について、合衆国は「圧倒的な力を持つ唯一の超大国として、世界で特別な責務を担っているという考え方」だと説明しているが、実際のところ、「例外主義」とは合衆国政府が自国エリートの利益のために国際法を無視して世界中で好き勝手に振る舞うということに他ならない。
 また、「法の支配」について、国際法に反してパレスチナ占領政策を続けるイスラエルを歴代の合衆国政府が支援してきたこと、とりわけ昨年10月以来、バイデン政権がパレスチナ人に対するジェノサイドを実行中のイスラエルへの政治的・軍事的支援を続けていることにも触れておきたい。パレスチナ抵抗勢力ハマスによる奇襲攻撃を口実にしてイスラエルが繰り返し行っている病院や避難所への攻撃、住宅地への空爆、住民の強制移動、それにガザを完全に封鎖した上での人道支援物資の搬入妨害は、全て国際法違反である。今年1月、国際司法裁判所(ICJ)はイスラエルへの暫定措置命令を指す際にガザでジェノサイドが行われている可能性があるとの認識を示しているが、国際法廷の正式な判定を待つまでもなく、ジェノサイド条約が定めるジェノサイドの定義とガザ住民の殲滅を意図したイスラエル閣僚のこれまでの複数の発言から、イスラエルが同条約に反してガザでジェノサイドを行っていることは明らかだ。イスラエルへの武器の供給を続ける合衆国は、ジェノサイド条約が定める共犯に該当するだろう。またイスラエルへの武器の供給は、合衆国の人道支援を妨害する国家への武器の輸送を禁じる同国の国内法にも違反する。バイデン政権は、イスラエルが合衆国の人道支援を故意に阻止していると結論付ける報告を今年4月に国務省難民局と合衆国国際開発庁(USAID)から受けているにもかかわらず、それを無視してイスラエルへの武器の供給を続けている(ProPublica24/9/24)。国内で「法の支配に服することを拒み続け」ているのはトランプだけでなく、バイデン政権も同じだ。
 以上のような事実にもかかわらず、バイデン政権が「民主主義や法の支配といった価値観を重視」してきただとか、「民主化支援は米国の対外援助の柱」だとか。マスメディアは一体何を根拠に言っているのだろう。朝日新聞の武石英史郎はイラクアフガニスタンに対する合衆国の侵略戦争を、「力による民主化」と表現して「民主化支援」が「米国の対外援助の柱」であることを示す例として挙げているが、国際法を無視したその残虐な侵略戦争で、何人の市民が犠牲になったと思っているのか。

 マスメディアが主張する程には合衆国の歴代大統領とトランプの対外政策に大きな違いはない。トランプと歴代大統領との違いは、トランプがその意図を大っぴらにしているということだけだろう。
 そして合衆国政府がこれまで維持しようと努めてきたとマスメディアが主張する「国際秩序」とは、先進国と呼ばれる日本や合衆国、ヨーロッパの一部の国家がそれ以外の国々から人や資源を自由に搾取できる新植民地主義の世界に他ならない。そんな国際秩序を維持するための合衆国の「例外主義」は、アジア、アフリカ、中南米などの多くの国々の平和と秩序を破壊し、地域を不安定化し、混乱をもたらしてきた。今、求められのは、これまでの合衆国主導の国際秩序の継続ではなく、大国の好き勝手な行動を許さない新しい国際秩序の構築である。まずはマスメディアが描く合衆国に対する幻想から目覚めなければならない。