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── Media Watchdog Group

中国の気球が合衆国上空を飛行したことはそんなに騒ぐようなことか

 中国の気球が合衆国の上空を飛行したことが問題になっている。合衆国政府は中国が偵察目的で気球を飛ばしたと言って中国を非難。中国政府は気球が中国のものであることはすぐに認めたものの、気象などの科学研究の目的で飛ばした民間の気球が偏西風の影響で予定のコースを外れてしまったと説明している。現在、合衆国当局が気球の残骸を調査中で、今のところいずれの主張が正しいのかはわからない。しかしマスメディアは中国の気球が合衆国上空を飛行するのが確認された当初から、合衆国側の主張を支持する形でニュースを伝えた。

 例えば、NHKニュースウオッチ9(23/2/3)は、ニュース冒頭から、

アメリカ国防総省の高官は、中国の偵察用のものだと発表しました。……米中外相会談を来週に控える中、なぜ今、中国は偵察用の気球をアメリカに飛ばしたのでしょうか」

と述べて、気球は偵察目的だと断定。番組の最初から最後まで、合衆国政府の主張が正しいということが前提になっている。
 マスメディアは、気象研究目的だという中国側の主張については全く整合性のない言い訳であるかのように、ほとんどまともに受け取ろうとせず、中国が気球を使ってスパイ活動を行ったと決めつけてニュースを伝えているものも少なくない(NHKニュース7、23/2/4、23/2/5、23/2/6、23/2/14;ニュースウオッチ9、23/2/6、23/2/15;毎日23/2/523/2/7朝日23/2/17など)。朝日新聞23/2/17)は直径約60メートルというその大きさを根拠に、中国の気球はスパイ目的だと断定している。

「『無人偵察用気球』だという指摘に対し、中国は『気象用だ』と主張する。ただ、気象用気球を扱った経験を持つ自衛隊関係者は『大きさが全く異なるため、間違うことは考えにくい』と話す。気象用は気球に気象観測器(ラジオゾンデ)をつり下げるが、バルーンを含めた全長はせいぜい2メートル程度だという」

 しかし気球を用いた気象観測などの気象学研究は世界的に行われていることだ。日本の気象庁も国内の16か所の気象台で気球を用いた気象観測を行っている。また宇宙航空研究開発機構JAXA)は成層圏の研究などの目的で大型気球を飛行させており、最近では2021年に今回の中国のものとほぼ同じ大きさ(直径約63メートル)の気球を打ち上げている。英国のBBC23/2/7)は今回の中国の気球に関連して、1998年にカナダが飛ばした25階建てのビルの大きさに相当する大型の気象観測気球が漂流した際のお話を紹介している。気象学研究目的の気球だったという中国政府の説明にも、十分に信憑性があるのだ。

 ところで、仮に今回の中国の気球が偵察目的だったとしても、それ程騒ぐようなことだろうか。
 国際社会の常識として、大国が互いにスパイ活動を行っていることは良く知られたことである。中国ももちろんスパイ活動を行っているだろうが、最も大規模にそれを行っているのは合衆国である。合衆国は人工衛星や電子機器などを用いて日常的に諜報活動を行っており、日本やドイツなど “同盟国” に対するスパイ活動まで行っていることが、合衆国の国家安全保障局NSA)元職員のエドワード・スノーデン氏の内部告発などによって明らかにされている。また合衆国は監視や偵察、さらには軍事目的の気球の開発にも力を入れていて、2019年には合衆国中西部の6つの州で広域監視実験を行った(Guardian19/8/2)。合衆国のポリティコ22/7/5)は、合衆国国防総省が気球計画に過去2年間で約380万ドルを費やし、2023年度の予算では同計画に2710万ドルが充てられていると伝えている。
 たとえそれが偵察用の気球だったとしても、合衆国の上空を飛行した今回の中国の気球だけを問題視するのは明らかに過剰反応だろう。

 各国が “国益” を競い合う国民国家を基礎とした現在の国際関係の下では、諜報活動はつきものだ。特に伝統的な帝国主義諸国が覇権維持を目的に「価値観」の違いを対立軸にして世界の分断を図る現在の政治情勢では。気球による中国のスパイ行為を懸念するよりも、これまで世界をリードしてきた日本や欧米の政治・外交姿勢、さらには国民国家という制度そのものを、これを機に問い直してみてはどうか。