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── Media Watchdog Group

欧米は今度こそロシアの提案を受け入れ、軍事力に拠らない安全保障体制を目指すべきだ

 ウクライナ情勢を巡って欧米とロシアの協議が続いているが、互いに譲らず、双方の緊張が高止まりしている。自国にとって脅威となっている北大西洋条約機構NATO)の拡大停止などを求めるロシアに対して、欧米は譲らず、逆にロシアによるウクライナ侵攻を警戒して、ウクライナの軍備増強を図っている。合衆国や英国は、まともな証拠を示すこともなく、ロシアが「侵攻の口実を捏造」するための「工作員」をウクライナに送り込んで「偽旗作戦(偽装作戦)」を準備しているとか(ホワイトハウス22/1/14)、ロシアが親ロシア派の指導者をウクライナ政府に据えようと画策しているなどと主張し(英国外務省、22/1/22)、マスメディアも真偽を確かめずにそれらが事実であるかのように伝えて、ロシアによるウクライナ侵攻が間近に迫っているような印象を与えているが、ウクライナ情勢を巡る欧米とロシアの緊張緩和を目指すのであれば、簡単な解決策がある。それは、欧米がロシアの要求に応じてNATO拡大を停止することだ。

 NATO拡大の停止を求めるロシア政府の要求について、欧米政府やマスメディアはNATOに加盟するかどうかはウクライナの主権の問題だと言って、全く取り合おうとしない。例えばNHKワシントン支局長の高木優ニュースウオッチ9、22/1/11)は、ロシアの要求に対する合衆国政府の立場について、

アメリカは、ロシアのNATOをこれ以上東に拡大させるなという要求は、絶対に実現できない提案だと表明していまして、今後も受け入れるつもりはありません。NATOは加盟申請を拒まないことを原則とし、申請するかどうかはウクライナなど当事国が決めることで、ロシアにそれを阻止する権利などないからです」

と説明。キャスターの田中正良(同)も、

「ロシアが懸念するNATOに加盟するかどうかは、一義的には米ロ両国ではなくて、主権国家ウクライナ自身が決めることだということを、ここで改めて確認しておきたいと思います」

と強調する。
 NATOに加盟するかどうかはウクライナの主権の問題であるというのはその通りだが、NATOは茶会や社交クラブではない。米ソ冷戦時代にソ連を仮想敵国として設立された軍事同盟だ。ロシア側の懸念も真剣に受け止めるべきだ。しかも、NATO加盟がウクライナの主権の問題だという主張は、欧米もウクライナの主権をないがしろにしてきたという事実を無視している。マスメディアが決して言及しないことだが、ウクライナでは2014年に欧米が支援するクーデタによって、ウクライナの「非同盟」の立場を法制化した親ロシア派のヤヌコビッチ政権が崩壊し、親欧米派のネオ・ナチ政権が誕生(Nation21/5/6)。その後、議会で「非同盟」政策を撤回して欧米との軍事的・戦略的関係を強化することを議決し、NATO加盟に動き出した経緯がある(New York Times14/12/23)。
 合衆国が逆の立場だった場合を考えてみるといい。もしも、NATOと同じく米ソ冷戦時代の産物であるワルシャワ条約機構が未だに現存し、中南米の国家が次々とそれに加盟して、さらにカナダではロシア主導のクーデタで誕生した政府がNATO離脱を宣言してワルシャワ条約機構への加盟を目指したらどうなるか。その場合でも、欧米やマスメディアは「カナダの主権の問題」だと言って済ませるのだろうか。今から60年前、ソ連キューバ核兵器配備を試みた際には、合衆国は核戦争も辞さない覚悟でキューバ海上封鎖を実施している(キューバ危機)。

 ロシア側の懸念を無視してNATOの拡大を続ければ、ウラジミール・プーチン大統領が警告しているように、ロシアは軍事的な対抗措置を取らざるを得ないくなるだろう。そしてそれは恐らく、NATO拡大がロシアにとって脅威となっているのと同じように、欧米にとって脅威となるに違いない。軍事力に依拠する安全保障体制下では、軍拡が際限なく続くことになるだろう。実際、合衆国やロシア、それに中国、朝鮮などが、核兵器の小型化や極超音速ミサイル開発など、人類の存続を脅かす兵器の開発を競っているが、気候変動や新型コロナウィルスなど、人類共通の課題に取り組まねばならない時に、そんなことに人や金、時間を費やしている場合か。

 米ソ冷戦終結の際、ソ連ミハイル・ゴルバチョフ大統領(当時)は冷戦後のヨーロッパの安全保障体制について、軍事同盟に拠らない、欧州安全保障協力会議(CSCE、現在の欧州安全保障協力機構:OSCE)を中心にした統一されたユーラシアとしての安全保障体制を提案していた。プーチン政権が昨年の12月に合衆国とNATO加盟国にそれぞれ提案した条約の草案(「合衆国とロシアの安全保障条約」「ロシアとNATO加盟国の安全保障を確保するための措置に関する協定」)も、国連憲章やOSCEなどの原則を基調に、相互の不可侵と安全の保証を約束するものであり、基本的にはゴルバチョフの構想を踏襲しているようだ。
 欧米は30年前にゴルバチョフの提案を拒否し、軍事同盟としてのNATOを存続させたわけだが、今度こそ欧米は、ロシア側の提案を受け入れ、相互の安全保証と信頼関係に基づく21世紀にふさわしい安全保障体制へと舵を切らなければならない。ウクライナを巡る現在の問題も、欧米がゴルバチョフとの約束を破り、NATOを東方に拡大させたことが発端となっているのだ。