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── Media Watchdog Group

マスメディアの描き出すウクライナ情勢が全てなのだろうか

 ロシアのウラジミール・プーチン大統領が、独立派が支配するウクライナ東部2州を独立国として承認し、その後、間髪入れずにウクライナの軍事施設に対する攻撃を開始した。いずれも明白な国際法違反であり、ロシアに対する批判は免れない。ロシアに対する国際社会の非難の声は当然だが、どうも腑に落ちないことがある。なぜこのタイミングで、ロシアは国際社会全てを敵に回すような強硬策を取ったのかということだ。

 ロシアは、同国が最も重要視しているロシアとヨーロッパの安全保障体制、とりわけNATOの東方拡大問題について、合衆国との外相・首脳会談を直前に控える中で、今回の強硬策に踏み切った。合衆国は、首脳会談の開催はロシアがウクライナを侵略しなかった場合に限ると強調していたので、ロシアが東部2州の独立国家承認を行えば会談の開催中止につながることは十分に予測できたはずだ。仮にロシア政府が合衆国との交渉に見切りをつけていたとしても、このタイミングでの承認は、外交的解決の道をロシア側から一方的に断ったことを国際社会に強く印象付けることになる。
 また国際決済システムからのロシアの排除や、ドイツとロシアを結ぶガスパイプライン「ノルト・ストリーム2」の承認手続き停止など、欧米はロシアがウクライナを侵略すれば大規模な経済制裁を科すと警告していた。
 さらに、独立派支配地域の独立国家承認は、ミンスク2(2015年)の完全破棄を意味する。ミンスク2は、2014年のクーデタ事件をきっかけに始まったウクライナ政府と東部の独立派との間の紛争の停戦協定で、ウクライナ政府による国境管理の回復や、ウクライナ東部2州に高度な自治権を認めるための憲法改定などが盛り込まれており、ミンスク2が完全に履行されれば、親ロシア派の東部2州が自治州としての地位を利用してウクライナNATO加盟を阻止できると考えられてきた。ミンスク2が破綻したことで、それも不可能になってしまった。

 ロシア政府によるウクライナ東部2州の独立国家承認とウクライナに対する軍事攻撃は、ロシアにとって得るものがほとんどないように見える。それなのに何故、ロシア政府は無謀とも言える暴挙に出たのか。
 ロシア系住民が多く暮らすウクライナ東部の情勢が、独立承認や軍事行動が急がれる差し迫った状況にあったと考えることは出来ないだろうか。前述のようにミンスク2は有名無実化していて、紛争は2014年以来ずっと続いており、戦闘で既に1万4000人以上が犠牲になっている(NHKニュース7、22/2/21)。ユニセフは、間もなく9年目に入る紛争が「50万人以上の子どもや若者の生活に、深刻な影響を与え続けて」おり、「インフラが繰り返し砲撃され」た結果、東部2州で暮らす「400万人以上の人々が、安全な飲料水の利用を脅かされてい」ると報告している。独立承認とウクライナ東部へのロシア軍派兵について、ロシアのワシーリー・ネベンジャロシア国連大使ウクライナ軍から住民の「命を守るため」だと主張し、軍事攻撃に際してプーチンウクライナ政権の「ジェノサイド」から住民を保護しなければならないと述べた。もちろん、侵略者である彼らの言葉を額面通りに受け取ることは出来ないが、情勢を理解するには、ウクライナ東部で何が起こっているのか確かめる必要がありそうだ。
 しかしマスメディアからその情報を得るのは困難だ。欧州安全保障協力機構(OSCE)の報告によると、確かにウクライナ東部ではロシアによる国家承認の数日前から、ウクライナ政府と独立派の双方による停戦違反が急増しているのだが(時事22/2/19)、親ロシア派地域の住民に対するウクライナ政府軍の攻撃を事実として伝えているものは皆無に近い。政府軍によるロシア系住民に対する攻撃を伝えるニュースのほとんどが、ロシア政府や親ロ派「武装勢力」の「主張」としてそれを伝えることによって信憑性に疑念を抱かせているうえ、たいていの場合はウクライナ政府が否定していると伝えてその「主張」を否定したり、「偽旗作戦(偽装作戦)」と決めつけるような解説をしていて、政府軍による親ロ派地域に対する攻撃は事実ではないかのような印象を与えている(NHKニュース7、22/217、22/2/18;ニュースウオッチ9、22/2/22、22/2/23;朝日22/2/21毎日22/2/23 等)。
 マスメディアが伝えるOSCEの報告だけでは、どちらの側にどの程度の被害があったのかはわからない。8年間の紛争で1万4000人が犠牲になったことを伝えているマスメディアも、攻撃したのは誰で、誰が犠牲になったのかということについては全く興味がないようだ(ニュース7、22/2/21 等)。
 マスメディアはウクライナ政府軍の攻撃によって被害を受けているロシア系住民には関心がないのだろうか。現在のウクライナ情勢の責任を全てロシア政府に押し付けたい欧米の意図を汲んで、ウクライナ政府の攻撃によるロシア系住民の被害者という欧米にとって都合の悪い事実は、意図的に見えなくしようとしているのではないかとさえ思えてくる。
 NHK国際部デスクの北村雄介(ニュースウオッチ9、22/2/22)は、ウクライナ政府から「親ロシア派の住民たちが攻撃されているという主張」について、次のように述べている。

「ロシア系住民、あるいは親ロシア派の勢力が攻撃されたとか、生命・財産が脅かされていると訴える。これはロシアにとっては最も介入しやすい口実になります。自分たちが被害を受けている。自分たちが攻め込まれている……本当かどうか、事実かどうかは重要ではなくて、そういうシナリオを自分たちでロシア側が作って、それを少しづつ前に進めていくプロセスが見えたものですから、今回の国家承認にあたっても、ロシア流の統治術がまた姿を見せたなという感じでした」

 インターネット上や、ロシア・欧米などのマスメディアでは、偽情報も含む様々な情報が飛び交っているのは事実だろう。しかし、だからと言って、ウクライナ政府軍による被害が全て捏造だと決めつけることができるのか。OSCEによる停戦合意違反の報告や、1万4000人以上もの犠牲者のことはどう説明するのか。
 「本当かどうか、事実かどうかは重要ではなくて……」。そんなことを言うマスメディアの情報だけを基にするなら、欧米に都合よく切り取られた事実の一面だけを見て、情勢を理解したつもりでいるのかもしれない。