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── Media Watchdog Group

ウクライナを巡る欧米との緊張緩和のためにNATO不拡大などを求めるロシアの提案は、受け入れられないものだろうか

 ウクライナ情勢を巡って、合衆国やEU諸国とロシアの緊張が高まっている。合衆国とEUはロシア軍がウクライナとの国境付近に大規模な軍隊を集結させていると言ってロシアを非難し、ロシアがウクライナを侵攻すれば「高い代償」を払わせると警告している。ロシア側は緊張を高めているのはロシアの周辺で軍事力を増強している北大西洋条約機構NATO)の方だと反論し、ウクライナなどへのNATOの拡大や旧ソ連圏での軍事展開をやめるよう要求している。どちらにも言い分があるだろうが、マスメディアにとって非があるのはロシアの方で、緊張緩和のためのロシア側の提案はほとんどまともに検討されていない。

 例えば朝日新聞21/12/10)社説は、

「近年の経緯をたどれば、ロシアが緊張を高めてきたのは明らかだ。7年前、ウクライナクリミア半島を占領した。一方的に武力で国境線を変えようとする国際法違反の暴挙だった。
 その後もウクライナ東部で武装勢力を支援し、ロシア系住民に大量にパスポートを発行するなど、ウクライナ政府からの切り離しを進めてきた」

などと述べて、ロシアが一方的に緊張を高めているかのような印象を与え、ロシアが緊張緩和のためにNATOの拡大停止などを求めていることについては、

「安全保障政策は各国が自ら判断することであり、ロシアが拒否権を行使できるような話ではない」

と一蹴。そして、

「隣国をロシアの付属品のように見なす歴史観から抜けきれないために、『NATOウクライナを奪う』といった被害者意識につながるのだろう。
 他国の主権を制限してでも自国の安全保障を優先するというのでは、まさに冷戦思考だ。現代の国際社会では到底許されず、世界を不安定化させる危うさをはらんでいる」

などとロシア政府を非難している。

 まず、クリミアのロシアへの併合について朝日新聞の間違いを訂正しておくと、クリミアはロシアが「一方的に武力」で「占領」したのではなく、最終的に住民投票によってロシアへの編入が決まった。特に日本や欧米では国際法違反という見方が一般的で、併合が国際的な承認を得ていないのは確かだが、合衆国のギャラップピューリサーチセンターなどの世論調査によると、クリミア市民の圧倒的多数がロシアによる併合を好意的に受け止め、住民投票についても自由で公平なものだったと評価している。
 そしてウクライナ情勢を巡っては、ロシアが一方的に緊張を高めているのではない。朝日新聞21/12/7)なども伝えているように、合衆国も黒海に軍艦を派遣したり、黒海上空に戦略爆撃機を飛行させてロシアの国境から20kmに迫るなど(Reuters21/10/20RFI21/11/18)、ロシアに対して挑発的な行動を繰り返している。さらに合衆国はウクライナに対して武器の売却やウクライナ軍の訓練などの軍事支援も行っている。ウクライナとロシアの国境付近の緊張は、欧米とロシアの双方によって高められているのだ。
 それから、朝日新聞はロシアのNATOに対する懸念は「被害妄想」だと断じ、ロシアの発想は「冷戦思考」だと言って非難しているが、NATOはもともと東西冷戦時代にソ連を仮想敵国として設立された軍事同盟で、1991年に解散した対抗組織のワルシャワ条約機構と共に解体されているべき組織だ。冷戦終結後のNATOは、合衆国主導の介入軍としてイラクアフガニスタンリビアなどを侵略するなど世界各地を不安定化させてきたが、合衆国は米ソ冷戦時代の産物であるNATOやその他の軍事同盟を利用して、今度は自分たちとは「価値観」の異なるロシアや中国と勝ち負けを争おうとしている。そのような合衆国とその従属国、それを支持するマスメディアなどの態度こそ、「冷戦思考」だと非難されるべきだろう。
 NATOの拡大を巡っては、東西に分裂していたドイツが統一する際、ソ連ミハイル・ゴルバチョフ書記長(当時)は、NATOがドイツより東へ「1インチたりとも拡大しない」という条件で、二度の世界大戦で自国を侵攻した統一ドイツが対ソ軍事同盟のNATOに加盟することに同意したが、合衆国はゴルバチョフとの約束を破り、ポーランドハンガリールーマニアスロバキア、さらにはラトビアエストニアなど、東方に向けてどんどんNATOを拡大させ、ポーランドルーマニアなどには陸上配備型迎撃ミサイルシステムなどの配備も行ってきた。ロシアはそれらは自分たちに向けられたものだと考えている。ウクライナNATOに加盟し、「ウクライナにミサイルシステムなどが配備された場合、数分でモスクワに到達する」(ウラジミール・プーチン大統領NHKニュース7、21/12/7)。ロシア側のNATOに対する懸念も、NATO拡大とロシア周辺での軍事展開をやめるよう求めるロシア側の要請も当然だろう。
 もしも朝日新聞が言うように、「安全保障政策は各国が自ら判断すること」であり、他国が「拒否権を行使できるような話ではない」ということであるなら、平和や安全を保証するためのあらゆる条約や交渉は成立不可能ということになる。核兵器禁止条約も核兵器不拡散条約(NPT)も、イラン核合意も……。ウクライナの問題で言えば、ロシアが国境の内側でどれだけ大規模な軍隊を集結させようが、当然、欧米など他国が口出しできるような問題ではないということになるのだが、日本を代表する新聞社の一つである朝日新聞論説委員は、この論理矛盾に気づかない。やはりソ連憎しの「冷戦思考」が影響しているのだろうか。

 緊張緩和のためにNATOの不拡大などを求めるロシア側の提案について、今のところ合衆国とEU諸国は拒否している。マスメディアは「米国やNATOには受け入れられない条件だ」(朝日21/12/9)とか、「米欧には受け入れられない提案だ」(日経21/12/9)などと説明するだけで、ロシアの提案についてまともに検討しようとしない。
 しかし本当にロシアの提案は、「欧米には受け入れられない」と言って切り捨てられるような内容だろうか。欧米は緊張緩和のためにロシアの提案を受け入れ、時代錯誤のNATOをこれ以上拡大しないと確約すべきではないだろうか。