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── Media Watchdog Group

個人的な恋愛関係の問題を人権問題にすり替えて北京オリンピックボイコットのキャンペーンに利用するのはやめろ

 中国の張高麗元副首相と自身との関係について告白した内容の文書をSNSソーシャルネットワーキングサービス)に投稿した中国のテニス選手、彭帥さんを巡って、中国政府や国際オリンピック委員会IOC)に対する批判が続いている。彭帥さんはSNSへの投稿後、消息不明になっているとマスメディアなどが一時伝えていたが、その後、北京市内のテニス大会の開会式に出席した様子などがツイッターで公開され、IOCトーマス・バッハ会長がテレビ電話で彭帥さんと面会したと発表するなど、彭帥さんの無事が確認された。しかし、マスメディアや人権団体、女子テニス協会WTA)などから、性暴力疑惑の調査を要求する声が上がっている。

 例えば、朝日新聞21/11/25)は「中国選手『失踪』 うやむやは許されない」と題する社説で、「彭さんは今月初め、中国版ツイッターで、元政府高官と同意のない性的関係があったとする文章を発信した。直後に文章は削除され、彭さんは国外の関係者らとの連絡が途絶えた」などと事の経緯を説明し、

「性的関係の強制が本当にあったのか。それを隠蔽する行為は行われていないのか。中国政府には事実関係を調べ、明らかにする責務がある」、
「理不尽な迫害や差別にあった人が抗議の声をあげようとしたとき、その当然の自由と権利を守れない国家や組織が、世界から尊敬されることはない」

などと中国政府を批判。彭帥さんとオンライン対話を行ったIOCについても、

「中国のたび重なる人権軽視に目をつぶった、無責任な態度というほかない。IOCなど国際組織がとるべき行動は、彭さんが圧力を感じずに自由に発言できるような環境を確保し、何が起きていたのかの真相にできるだけ迫ることではないか」

と疑問を投げかけている。
 また国際的な人権団体、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、IOCの対応について、

IOCは、中国政府のひどい人権記録に対する沈黙から、言論の自由を侵害し、性的暴行疑惑を無視する中国当局との積極的な協力関係にまで発展した」

と非難し、アムネスティ・インターナショナルReuters21/11/22)は、

IOCは危険水域に突入している」

と警告。WTAReuters)は、ICOと彭帥さんのオンライン対話は、

「性的暴行の訴えについて、検閲なしに、完全で公正かつ透明性のある調査を求める我々の要求を変えるものではない」

と表明している。
 またニュースウオッチ9(21/11/24)は、上記のようなWTAヒューマン・ライツ・ウォッチの見解を紹介した後、来年開催予定の北京オリンピックのボイコットに向けた動きが広がっていることを伝え、

「中国政府としてはとにかく事態の沈静化を急ぐということだと思いますが、このまま信頼が揺らいだ状況の中での開催になると、オリンピックの意義まで問われかねません。IOCを含めて、事態を厳しく認識することが求められますね」(和久田麻由子キャスター)、
北京オリンピックに向けて、アメリカやイギリスが人権状況を理由に外交的ボイコットを検討する中、日本自身も判断を求められる局面が来ると思います。人権侵害に対しては、たとえ強国に対してでも、ひるむことなく、毅然とした対応を国民は期待しています」(田中正良キャスター)

などと述べてニュースを結んでいる。

 マスメディアは彭帥さんが投稿した文書について、「性的暴行を受けたと訴える内容のSNS」(朝日21/11/19)だとか、「不倫関係や性的関係の強要があったことを告白する文章」(毎日21/11/20)などと伝えているが、彭帥さんが投稿したと見られる文書を読むと、事情は随分と違うようだ。
 SNSへの投稿後すぐに削除されたという文書だが、インターネット上で出回っており、検索すれば日本語訳にもたどり着くことができる。
 投稿した文書には、張高麗さんの天津市党委書記在職中に2人は恋愛関係にあり性的関係を結んでいたこと、張高麗さんの党中央政治局常務委員昇進後に関係が途絶えたこと、政治家引退後の張高麗さんからテニスをしようと連絡があったこと、テニスの後に張高麗さんの家で張高麗さんの妻と共に食事をしたこと、そこで再び性的関係を結んだこと、その日から再び張高麗さんとの恋愛関係が始まり楽しい日々を過ごしたこと、2人の関係は秘密にしておくように張高麗さんから言われていたこと、ある夜に2人は言い争いになり、天津の時と同じように張高麗さんが一方的に連絡を絶ったこと、張高麗さんのそうした態度対する憤慨の気持ち、彭帥さんに対する張高麗さんの妻の言動に対する不満、張高麗さんと恋愛関係を続けてきたことへの罪悪感などが綴られている。
 極めて個人的内容であり、混乱し、悩んでいる様子がうかがえる。彭帥さんが投稿後に自分で削除した可能性も否定できない。人権問題に敏感な人なら、読んでいるうちに、張高麗さんやその家族、そして彭帥さんのプライベートを侵害していると感じることだろう。
 唯一、性行為の強制が疑われるのは、テニスの後に張高麗さんの家を訪れた日、「私は当初、同意していなかった」という箇所だが、それに続く文章の中で、「感情は複雑でよくわからないが、その日から私は再びあなたへの愛を開いた」と述べている。文書は伝えられているような「性的暴行」とか「性的関係の強要」からは程遠い内容だ。

 マスメディアや人権団体などは、依然として中国政府やIOCに対する批判を続けているが、文書は個人的な恋愛関係のお話であり、彭帥さんの安否もわかった。張高麗さんや彭帥さんの家族ならともかく、第三者の人間がこれ以上何を知る必要があるのだろうか。彭帥さんが「今はプライバシーを尊重してほしい」と話していたというIOCの発表は、ほとんど事実とは受け取られていないが、それが彼女の本心ということもあり得る。
 個人的な恋愛関係の問題を人権問題にすり替えてプライベートを侵害し、さらに北京オリンピックボイコットのキャンペーンに利用しようとするのはやめるべきだ。