Bark at Illusions Blog

── Media Watchdog Group

日米韓が共有する「価値観」を改めて示した韓国政府の「解決策」とその後の動き

 大日本帝国時代の強制労働被害者の賠償を巡る問題で、韓国政府が「解決策」を正式に発表した。2018年に韓国大法院(最高裁)が日本の被告企業に命じていた賠償金の支払いを、韓国政府傘下の財団が肩代わりするのだという。日本政府は「日韓関係を健全な関係に戻すためのもの」だと評価。その後行われた日韓首脳会談では両国の首脳が定期的に相互訪問する「シャトル外交」の再開で合意するなど、「解決策」の発表をきっかけに日韓は関係改善に向けて動き出した。しかし加害者による謝罪もなく、第三者が賠償を肩代わりするという韓国政府の「解決策」は、日韓の政府間や経済界の関係改善のための「解決策」であって、当然ながら、本来解決されるべき強制労働被害者の救済という問題そのものが解決するわけではない。

 日本の政府や企業によって苦しめられてきた韓国の被害者の人権などどうでもいいのだろう。マスメディアは、韓国政府の「解決策」やその後の日韓両政府の動きについて、今後の日韓関係の発展に期待も込めて、概ね肯定的に伝えている。この問題で最も重視されるべき当事者である被害者の意向にはほとんど興味がなく、 “慰安婦” 問題のように覆されることはないのかという懸念だけが、マスメディアにとっては今後の課題として最大の関心事である。
 例えば、韓国政府の「解決策」の正式発表を伝えたNHKニュース7(23/3/6)は、「解決策」に対する被害者側の反応は、岸田文雄総理大臣の声、経済産業省の反応、日本の経済界の声、合衆国のジョー・バイデン大統領、韓国の野党の反応に続いて一番最後。「原告側は、反発する人たちがいる一方で、政府の方針に理解を示す人たちもいます」と説明し、「反発」する原告側支援団体と「解決策」に「理解」を示す原告遺族の声をそれぞれ伝えている。今回の「解決策」の対象となった訴訟の原告で生存している3人の被害者全員が韓国政府の提案を拒否しているというのに、この伝え方はいかがなものか。また被害者の1人、ヤン・グムドクさんは「解決策」発表当日の記者会見で第三者による賠償を批判し、「謝罪を先にしてからほかのすべてを解決すべき」だと述べているのだから、ニュース7はそうした被害者の直接の声を伝えるべきではなかったか。同日のニュースウオッチ9(23/3/6)も、被害者側の反応は、林芳正外務大臣、バイデン、岸田文雄経済産業省、日本の経済界、日本の市民の声の後に続いて一番最後だ。
 また被害者が「解決策」を拒否しているという事実は、加害者ではなく第三者が賠償するというやり方自体が間違っているのではないかという問題提起につながらい。ニュース7(同)は、被害者側の声に続けて、今後について次のように問う。

「解決策は着実に実行されるのでしょうか。慰安婦問題を巡っては、パク・クネ政権当時、日韓両政府は韓国政府が設置する財団に日本政府が10億円を拠出し、元慰安婦への支援事業を行うことなどで合意し、最終的かつ不可逆的に解決することを確認しました。しかし、ムン・ジェイン大統領が就任すると、韓国政府は財団の解散決定を発表。合意は事実上、骨抜きになり、日本と韓国の対立が深まったのです」

 そして、「慰安婦問題のように後戻りせずに、解決策を着実に実行するために」、日韓両政府が「原告側や韓国国民の理解」を得られるように説得すべきだと主張している。
 朝日新聞23/3/7)も、2015年の “慰安婦” 問題についての日韓合意の失敗を例に挙げて、今後の懸念は不可逆的かどうかだと指摘する。

「首相は第2次安倍政権で、外相を務めた。15年12月、自らソウルを訪問し、慰安婦問題の日韓合意を発表したが、文在寅政権の誕生によって暗転。『この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する』との合意は『空文化』した。首相には『国と国との約束を守ってもらわないといけない』との強い思いがあった」、
「韓国政府が発表した『解決策』で、首相がこだわった『不可逆性』は担保されたのか」

毎日新聞23/3/7)も、

「韓国側が示した解決策で徴用工問題が完全に決着するのか、日本側には懐疑的な見方も根強い。日韓両政府は15年、慰安婦問題に関して『最終的かつ不可逆的な解決』を確認したが、韓国側が合意を事実上白紙化した。一連の経過は日本政府の『トラウマ』となっている。今回の徴用工問題の解決策も『不可逆的な解決』は担保されておらず、日本国内で『日本が譲歩した』との批判を浴びるリスクは残されている」

 日本のマスメディアにとって、大日本帝国時代の強制労働被害者の救済などどうでもいい話なのだ。それどころか、 “慰安婦” 問題の説明で「日本政府の『トラウマ』」と述べるなど、加害者と被害者の立場が逆転してしまっている。なんという厚かましさだろう。

 2015年の日韓合意で “慰安婦” 問題を解決できなかったのは、加害者による謝罪と賠償を求めていた大日本帝国時代の性奴隷被害者の意向を無視して、日本の総理大臣の「お詫び」の手紙の代読と「支援金」で決着を図ろうとした日韓両政府の被害者軽視が原因だ。 “慰安婦” 問題は解決した問題が後になって覆ったのではなく、最初から性奴隷被害者たちは日韓合意の受け入れを拒否していた。
 その時と同じように被害者の意向を無視した今度の「解決策」も、当然のことながら大日本帝国時代の強制労働被害者の問題の最終的な解決策にはなり得ない。加害者である日本政府と日本企業による謝罪と賠償だけが、唯一の問題の解決策である。日本のマスメディアはいつも、日韓請求権協定(1965年)で解決済みだという日本政府の主張を無批判に伝えて、それが事実であるかのように伝えているが、国家間の条約によって個人による請求権を消滅させることはできない。被害者個人が加害者である日本政府や日本企業に賠償を求めることは、日韓請求権協定とは矛盾しないのだ。被害者の謝罪と賠償に応じる責任は、今もに加害者である日本政府と日本企業にある。

 韓国政府の「解決策」については、合衆国政府も「画期的」だと評価し歓迎しているそうだ。自国の被害者を犠牲にして日韓関係改善に道を開いたユン・ソンニョル大統領は、首脳会談で訪れた日本でも手厚いもてなしを受けたが、合衆国大統領府は「解決策」発表の翌日、ユンが国賓として合衆国を訪問すると発表した。
 マスメディアは「米中の対立、北朝鮮の核・ミサイル開発などの地殻変動の中、民主主義の価値を共にする隣国の首脳が深く語り合える関係こそが政治的にも自然な姿だ」(朝日23/3/7)とか、韓国政府の「決断を下支えしたのは、民主主義や人権を重視する『価値観外交』を基本に据え、価値観を同じくする米国や日本との連帯を重視する尹氏の外交姿勢だ」(毎日23/3/7)などと「価値観」を強調しているが、被害者の人権を軽視する韓国政府の「解決策」発表とその後の動きは、日米韓が共有する「価値観」が如何程のものであるかを、改めて示した。