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── Media Watchdog Group

地域の平和と安定を脅かす「自由で開かれたインド太平洋」構想

 菅義偉総理大臣が先月、就任後最初の外国訪問先として東南アジア諸国連合ASEAN)の2か国、ベトナムインドネシアを訪れた。「ASEANは日本が推進している自由で開かれたインド太平洋の実現に極めて重要なパートナー」であり、この「地域の平和と繁栄のために貢献する決意を国の内外に示」す(菅義偉)狙いがあるのだそうだ。

 しかし「自由で開かれたインド太平洋」構想は、マスメディアが指摘するように中国への対抗を意図したものだ。

ベトナムでフック首相と会談した菅総理大臣。南シナ海への進出を強める中国を念頭に、自由で開かれたインド太平洋の実現に向けて緊密な連携を確認し、安全保障分野の協力強化で一致しました」NHKニュース7、20/10/19)

菅義偉首相は初の外遊を終えた。東南アジア諸国連合ASEAN)のベトナムインドネシアを訪れ、安倍政権が台頭する中国を念頭に提唱した『自由で開かれたインド太平洋(FOIP)』構想の推進を訴えた」朝日20/10/22)

 日本政府は特定の国家に対抗する意図はないと否定するが、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて外相会合を定例化することなどで一致した10月6日の日米印豪4カ国による外相会談では、合衆国のマイク・ポンペイ国務長官が「中国共産党の脅威」に備えて協力することは「かつてないほど重要になっている」と述べている。また11月に行われた日米印豪による軍事訓練(オーストラリアは13年ぶりに参加)では、岸信夫防衛大臣が「自由で開かれたインド太平洋の具現化を内外に示す効果もあった」と訓練を評価している(日経20/11/7)。「自由で開かれたインド太平洋」が中国に対抗するための構想であることは間違いない。
 このような構想のためにベトナムインドネシアを訪問し、ベトナムでは日本からベトナムへの武器輸出に関する協定締結で実質合意、インドネシアでも同様の協定締結に向けた協議を加速することで一致したというのだから、これでは「地域の平和と繁栄のために貢献」するどころか、中国との対立を深め、緊張を高めることにしかならないだろう。

 中国の「海洋進出」や香港の問題などで中国政府を一方的に貶める報道が続く日本社会(Bark at Illusions、20/9/1、20/9/11など参照)では、「法の支配」や「民主主義」などの理念を掲げる「自由で開かれたインド太平洋」構想で日本や合衆国などが連携を強化することを評価する声も多いだろう。例えば朝日新聞(20/10/8社説)は「この枠組みを米国の覇権争いの道具としてはならない」と戒めながらも、

「自由や民主主義という価値観を共有する4カ国の外相が顔を合わせ、ルールに基づく国際秩序を築く理念を共有した意味は大きい」

と述べていて、「自由で開かれたインド太平洋」構想は「地域の安定をはかろうとする動き」だと信じて疑わない。
 毎日新聞(20/10/8社説)も同様で、「中国に対抗して緊張をあおるだけなら地域は不安定化し、繁栄にはつながらない」と警鐘を鳴らしつつも、

「この構想は、アジアからアフリカに至る太平洋とインド洋の広範な地域で、民主主義や法の支配などの普及を目指すものだ」

と確信し、「中国がルールに基づく国際秩序と調和を図るよう粘り強く促す」べきだと主張する。
 しかし「法の支配」や「民主主義」という言葉によっても「自由で開かれたインド太平洋」構想を正当化することはできない。
 まず合衆国がこの地域で何をしてきたかを思い出す必要がある。合衆国は1960年代から70年代にかけてベトナムラオスカンボジアを侵略して国を荒廃させ、インドネシアでは大衆に支持されたインドネシア共産党を敵視し、スハルトによる数十万人(最大で300万人と推定されている)もの共産党員やその支持者などの虐殺を支援している。インド洋のディエゴ・ガルシア島では合衆国と英国が結託して全島民を島から強制退去させて軍事基地を建設し、1960年代から現在に至るまで米軍が我が物顔で居座り続けている。
 また南シナ海での中国の行為を国際法違反と批判する合衆国政府だが、同国自身は国際海洋法条約には加盟すらしていない。
 そして中国の問題では「法の支配」を強調する菅義偉も、国内では日本学術会議の会員任命拒否問題で明らかなように、憲法や法律を無視する独裁的な安倍政治を継承している。

 したがって、「法の支配」や「民主主義」は中国との対立軸にはならない。「自由で開かれたインド太平洋」構想は朝日新聞が危惧する通り、軍事・経済両面で台頭する中国を抑えつけるための「米国の覇権争いの道具」と見るべきだろう。
 日本政府は地域に平和と安定をもたらすようなふりをして米中冷戦を激化させるるような行為はやめるべきだ。