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── Media Watchdog Group

日本と合衆国の言動が「台湾海峡の平和と安定」を脅かしている

 今月16日に行われた日米首脳会談の共同声明で、菅義偉総理大臣とジョー・バイデン大統領は、台湾について言及した。これは1969年以来のことで、日中国交正常化以降初めてのことだという。共同声明で、日米両政府は「経済的なもの及び他の方法による威圧の行使を含む、ルールに基づく国際秩序に合致しない中国の行動について懸念を共有」すると述べるなど、中国を名指しして非難し、「地域の平和及び安定を維持するための抑止の重要性」を確認。そして台湾に関しては「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」と述べた。

 菅義偉は首脳会談の共同声明で台湾に言及したことについて、国会で「台湾海峡の平和と安定にとって意義がある」と答弁しているが、そのような日米の言動こそが、「台湾海峡の平和と安定」を脅かしていると言わねばならない。
 なぜなら、日本政府と合衆国政府は、これまで「台湾は中国の不可分の一部」だと主張する中国政府の立場(「一つの中国」の原則)を認めてきた。合衆国国務省の報道官は今年2月の記者会見でそのことを確認したばかりだし、日本政府は、日中国交正常化に向けた中国政府との共同声明の中で、「中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認」し、「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部である」という「中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重」すると述べたうえで、「主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政に対する相互不干渉、平等及び互恵並びに平和共存の諸原則の基礎の上に両国間の恒久的な平和友好関係を確立すること」を、中国政府との間で「合意」している。その是非は別として、「一つの中国」の原則を掲げる中国の立場を尊重することが、日中関係、米中関係の前提になってきたのだから、中国が「内政干渉」と捉えて反発するのは当然だろう。
 また、共同声明では中国を念頭に日米両国の軍事力強化を確認しているが、「抑止力」で中国の軍事的行動を抑えようという狙いがあるとしたら、それは逆効果だろう。
 南シナ海における中国の “海洋進出” や、台湾が設定する防空識別圏内への中国軍機の “侵入” のニュースを繰り返し見聞きし、その上、例えば、

「習(近平)主席としては、台湾を中国本土の支配下に置いた指導者として歴史に名を残したいでしょう。その一方失敗すれば自身の破滅につながりかねません。もし習主席がそうした冒険を犯そうとすれば、どれだけの代償を支払わなければならないのか、我々がそれを示せるかどうかが問題です。深刻な問題です」(元合衆国国防次官補・ジョセフ・ナイ氏、ニュースウオッチ9、21/3/29)

とか、

習近平主席が……自分が在任中に統一をしなければいけないという使命感を持ってると思います。中国が武力で台湾統一図るというのは、十分近未来で考えられるシナリオの一つ」日本総研上席理事・呉軍華氏、同)

などと主張する専門家や、

「(台湾における中国の「脅威」は)この10年間、実際には次の6年間で明白になるだろう」(合衆国インド太平洋軍・フィリップ・デービッドソン司令官、合衆国上院公聴会、21/3/9)

とか、

「(中国の台湾への軍事侵攻は)多くの人が考えているよりもはるかに近い」(合衆国インド太平洋軍・ジョン・アキリーノ次期司令官、合衆国上院公聴会、21/3/23)

などといった米軍高官の分析を聞かされると、日米が連携を強化し「抑止力」を高める必要性があると考える人も少なくないかもしれない。
 しかし、南シナ海でも台湾海峡でも、中国が一方的に軍事的緊張を高めているわけではない。Bark at Illusions20/9/1120/9/28など)でも繰り返し指摘してきたように、南シナ海への “海洋進出” の背景には、400以上の軍事基地で中国を取り囲み、西太平洋で軍事演習を繰り返して中国に圧力をかけている米軍の存在がある。また、南シナ海南沙諸島は中国を含む6か国が領有権を主張する係争地で、中国だけがこれらの地域を軍事拠点化しているのではない。台湾については、合衆国政府は「一つの中国」の原則を認めながら、台湾当局との人的交流を活発化させたり、台湾への武器売却を行ったりしている(『トランプ政権、台湾に武器続々 4年で178億ドル、中国を牽制』、朝日、20/11/5)。中国軍機による台湾の防空識別圏内飛行や台湾海峡などでの中国軍の軍事演習は、そうした米軍の行動に対する対抗措置だろう。
 それから、中国が今にも台湾に軍事侵攻しようとしているかのような印象を与える専門家らの主張も、多くの場合、根拠があるわけではない。オバマ政権下の国家安全保障会議NSC)で中国の担当部長を務めたライアン・ハス氏(朝日、21/4/16、電子版)は、デービッドソン司令官の見解について、「『6年以内台湾侵攻の可能性』という発言の信憑性は、だれもわからない」述べ、「中国は長期的には戦闘せずとも台湾統一を実現して勝つ自信を今も持っている」ことを「最大の理由」に挙げて、中国政府は「台湾有事」を望んでいないと分析する。

 合衆国の外交・軍事政策に詳しいアメリカン大学のデイヴィッド・ヴァイン教授は(『米軍基地がやってきたこと』原書房)、長期的な「抑止力」の効果を疑問視し、米軍の存在が地域の緊張を高めていると指摘している。日米安保再定義(1996年)や新ガイドライン(1997年)、それを実現するための周辺事態法(1999年)、自衛隊集団的自衛権行使を容認する安保法制制定(2015年)、辺野古新基地建設や南西諸島の軍事化など、米ソ冷戦以降も日米同盟が強化され続ける中で中国が軍事拡大を行ってきたことを考えると、その指摘は正しいだろう。
 強力な力を見せつけることが相手の軍事的行動を抑えることができると信じていた第一次世界大戦の主な当事国の考えは妄想だった。

 日米両政府が中国の脅威をことさら強調し、軍事力強化でそれに対峙しようとしている今、市民は冷静に判断し、国家権力が起こす次の戦争を止めなければならない。