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ニュース7:時間外労働規制の争点は、上限月100時間までか、100時間未満か

 ニュース7NHK、17/3/9)は、経団連と連合の合意案が明らかになったとして、「最大の焦点の……時間外労働時間の上限規制」について、繁忙期の月間上限100時間を求める経団連と、100時間未満とするよう求める連合が調整を続けていると伝えている。月100時間の時間外労働は、政府の定める過労死ラインに当たるため、100時間、あるいは80時間でも到底受け入れられないと抗議する人たちもいるが、そうした意見は、ニュース7にとっては重要ではないようだ。

  ニュース7は、時間外労働に関する経団連と連合の労使間の合意案について、

「月45時間、年間360時間を原則的上限とし、近づける努力が重要だとしたうえで、繁忙期など特別な場合には、年間720時間を前提としつつ、2か月から6か月の[1か月あたりの]平均80時間かつ月100時間とし、月45時間を超える時間外労働は、6か月までとすることを労働基準法に明記するとしています

と、何の疑問も投げかけることなく伝えている。

 この案は、政府の示した案に他ならないが、「2か月から6か月の[1か月あたりの]平均80時間」、「月100時間」の時間外労働を認めるということは、労働者を過労死ラインまで働かせることを容認することになる。
 厚生労働省は、過労死を労災認定する際の基準として、

「(1)発症前1か月間ないし6か月間にわたって……おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できること」、「(2)発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できること」

を踏まえて判断するとしている。

 また、厚生労働省は、時間外労働が「月45時間」を超えると健康リスクが高まるという医学的根拠をもとに[i]、時間外労働の上限を「週15時間、月45時間、年360時間以内」と大臣告示で定めている。

 このため、政府の示す時間外労働の上限案については、到底受け入れられないという抗議の声が上がっていた。

 過労自殺した電通社員、高橋まつりさんの母、幸美さんは、東京都内で開かれた「真に実効性のある長時間労働の規制を求める集会」で、

「『(残業時間の上限を労使で定める)36協定[ii]の上限は100時間とか80時間とかではなく、過労死することがないように、もっと少なくしてください』と政府に求めた」朝日17/2/11)

「2009年に26歳の長男を過労自殺で亡くした高知県の男性は『政府のやり方は‟働き方改悪”だ。私のような苦しみを味わう親をこれ以上作らないで』と涙声で話した」毎日17/2/11)

 3月9日に行われた長時間労働規制についての衆院厚生労働委員会参考人質疑で、

「高橋まつりさんの遺族の代理人も務める川人弁護士は……『全く納得できない。反対だ。月100時間残業しなければ倒産するような会社があるのか。人命よりも会社の存続が優先されるようなことがあっていいのか』と厳しく批判しました。電通過労自殺が労災認定されて以降、多くの企業で三六協定があっても残業時間を月80時間以下に抑える流れが生まれているとし、『今が青天井だから規制がないよりましという議論があるが、今回の案が通れば、よりましどころか時間短縮の流れを逆流させる』と強調しました。全国過労死を考える家族の会の寺西笑子代表世話人は、2014年の過労死防止法の議論の際に意見陳述に立ったことに触れ、『まさか3年後に過労死ゼロどころか、過労死を助長する月100時間残業合法化、労働時間規制を緩和する高度プロフェッショナル制度、裁量労働制拡大の法改正が国会に提出されるとは。向かう方向が逆です』と指摘」赤旗17/3/9)

 しかし、ニュース7は、残業時間の上限について、ほとんど意見に違いのない経団連と連合の主張しか伝えていない。ニュース7は、過労死ラインについての具体的な説明なしに、次のように伝えてニュースを終えている。

「連合は繁忙期の上限について、いわゆる過労死ラインを下回ることを明確にしたいとして、100時間未満などとするよう求めているのに対し、経団連は難色を示していることから、最終的な調整が続けられています」

 ニュース7にとって重要なのは、政府、経団連、あるいは連合の意見であって、時間外労働の上限は、彼らの主張する月100時間未満から100時間──つまり、99時間59分59.99……秒から100時間──の間。そこからはみ出す意見は、過労死で亡くなった犠牲者の遺族の意見であっても論外のようだ。
 今回の放送は、経団連と連合の労使間合意案を伝える内容だったけれども、時間外労働について伝えた別の日のニュース7(17/1/28、17/2/14)でも、政府、経団連、連合以外の意見は伝えていなかった。
 NHKは、電通過労自殺の件は熱心に伝えていたが、過労死をなくということ自体には、あまり関心がないのかもしれない。

 

[i] 厚生労働省が決めた過重労働による「脳・心臓疾患の認定基準」の根拠となる「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書」は、脳・心臓疾患の発症と、睡眠時間の関係について医学的研究をもとに、「その日の疲労がその日の睡眠等で回復できる状態であったかどうかは……1日7~8時間程度の睡眠ないしそれに相当する休息が確保できていたかどうかという視点で検討することが妥当と考えられる」、「1日7.5時間程度の睡眠が確保できる状態を検討すると、この状態は、……労働者の場合、1日の労働時間8時間を超え、2時間程度の時間外労働を行った場合に相当し、これは、1か月おおむね45時間の時間外労働が想定される」と結論付けている。つまり、その日の疲労がその日の睡眠で回復できる状態を維持するには、残業時間は「月45時間」までということになる。それを超えると疲労が長期にわたって累積し、「脳・心臓疾患」の原因となる。(赤旗15/2/23)

[ii] 労働基準法36条(さぶろく協定)は、労働時間が週40時間、1日8時間を超える場合、労使間で協定を結ぶことを規定している。大臣告示では、上限として月45時間とされているが、特別条項を締結すれば、無制限に残業させることができる。