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── Media Watchdog Group

イラン核合意を維持したいなら、合衆国がイランに対する制裁を解除すればいいだけの話だ

 合衆国のトランプ政権によるイラン核合意離脱と対イラン制裁復活への対抗措置として、これまで核合意の履行を段階的に縮小させてきたイラン政府だが、今度はウラン濃縮度を20%まで高める作業を開始したと発表した。マスメディアはイラン核合意からの大きな逸脱だと指摘してイランの核兵器開発を危惧し、核合意に復帰する意向を示していた合衆国の次期政権が合意に復帰するのも難しくなったと主張している。

 例えば、NHKニュース7(21/1/5)は、

アメリカが合意から一方的に離脱し、経済制裁を再び発動。イランは猛反発し、ウラン濃縮活動の強化などの対抗措置を打ち出しました。核合意で定められたウラン濃縮度の上限は3.67%。イランはこれに違反し、おととしには4.5%まで引き上げています」、
「今回は合意を大きく逸脱する20%への一気の引き上げ。この20%、どんな意味があるんでしょうか。ウランの濃縮度は、発電用の核燃料で3%から5%、核兵器には90%が必要とされています。20%までの濃縮には長時間を要しますが、そこから90%までは比較的短時間で済むとされているのです」

などと説明してイランの核兵器開発をほのめかした後、慶應義塾大学・田中浩一郎教授の解説を紹介。

「ここまで来ると、分類上低濃縮ウランではなく、高濃縮ウランという言い方になります。アメリカの大統領が誰であれ、アメリカの政権担当政党がどこであれ、これ以上譲歩ないしは躊躇する必要もないという結論に至ったんだと思います」

さらにキャスターの瀧川剛史が、

「その上で、イラン核開発を巡る事態の打開に向けての道のりは険しいという認識を示しました」

と前置きした後、田中浩一郎教授の次の言葉でニュースを終えている。

「バイデン政権自体もイラン核合意への復帰を前向きに進め、そしてそのもとでヨーロッパなどの対応も軟化した場合に、イラン側がこれ以上の拡大措置を取らないことによって、核合意の本来あるべき姿での活動に戻るということはもちろん十分考えられますが、ただそこに至るまでは、当然相当な緊張をはらむことは間違いないでしょう」

全国紙も、

「イランは……ウランの濃縮度を20%に引き上げた。……核合意の制限を大幅に破る重大な違反で、核兵器級の90%の高濃縮ウラン製造に近づいた。米国は強く反発、20日発足するバイデン次期政権は核合意に復帰し、イラン核開発を制限する枠組みの再構築を目指すが、先行きは一層険しくなった」毎日、21/1/6)、

「イランが濃縮度を20%に高めたウランの製造を始めた。米欧など6カ国がイランと交わした核合意が定める制限を大きく逸脱し、核爆弾の開発が加速しかねない危険な行動である」日経、21/1/9)、

「イラン、ウラン濃縮着手 濃度20% 核兵器に転用可能」朝日、21/1/5)、

「イラン、ウラン20%濃縮 核施設で開始 米の核合意復帰に壁」日経、21/1/5)、

「イラン、米の制裁緩和へ思惑 ウラン濃縮、核合意の行方に暗雲」朝日、21/1/6)

 これらは全てミスリードだ。
 まず、イランのウラン濃縮についてだが、イラン核合意で同国のウラン濃縮度は3.67%に制限されているとはいえ、対イラン制裁復活後にイランが上限を超えるウランの濃縮活動を行っていることは核合意違反ではない。核合意は第36節で、他の締約国に「重大な合意不履行」があった場合に、イランは合意の履行を停止することができると定められている。イランは合衆国の制裁復活という「重大な合意不履行」から1年が経つまで待った上で、合意に定められた手順に従って合意の履行縮小を段階的に行ってきたに過ぎない。
 また、ウラン濃縮度が20%を超えれば核兵器製造に必要な90%の高濃縮ウランを短期間で製造することができるようになるというのはその通りだが、イランの今回の発表を直ちに核兵器開発と結びつけるのは公正な報道とは言えない。イランの濃縮は平和利用が目的であり、具体的には医療用放射性同位体を製造するためだからだ(Pars Today、20/12/1)。
 さらに言うと、原子力の平和利用は「奪い得ない権利」として核兵器不拡散条約(NPT)加盟国に認められている。NPTに加盟せずに核武装してイランを提起ししているイスラエルという存在にもかかわらず、NPT加盟国であるイランに対して「奪い得ない権利」を制限するイラン核合意自体、イランにとっては大きな譲歩であることも念頭に置かねばならない。
 イラン核合意を維持したいなら、間もなく発足するバイデン新政権がイランに対する不当な制裁を解除し、イラン核合意に復帰すればいいだけではないか。朝日新聞(21/1/6)や毎日新聞(21/1/6)も伝えているように、イラン政府は関係国が核合意を順守すれば──つまりイランに対する制裁を解除すれば──、イランも核合意を再び履行すると述べているのだから。

 確かに、今回のイランの措置で、バイデン新政権が体裁を気にして核合意に復帰し辛くなるという側面はあるかもしれない。しかしイラン核合意を元に戻す責任は、イランに対する制裁を復活して核合意を崩壊の危機に陥れた合衆国政府にある。それにもかかわらず、核合意に従い、正当な権利を行使しているイラン政府が合意に違反して核兵器開発を行おうとしているかのような印象を与えていては、仮に今後合衆国が核合意に復帰しようとしなかった場合にバイデン新政権に正当性を与えてしまうことになる。
 今、イラン核合意を維持するために必要なのは、バイデン新政権に核合意の履行を促すための国際的な世論だ。