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ニュースウォッチ9:飯舘村から福島の安全PR

 ニュースウォッチ9NHK、17/3/9)は、3月31日に帰還困難区域を除く全域で避難指示が解除される飯舘村からキャスターの鈴木奈穂子が中継したが、被ばく地の抱える問題を十分に伝えず、福島の安全をPR[i] する放送になっていた。

  今年4月1日までに、福島県の帰宅困難区域を除く全ての地域で避難指示が解除される。政府は、年間被ばく線量が確実に20ミリシーベルト(毎時3.8マイクロシーベルト)を下回ることなどを要件に、避難指示の解除を進めてきた。

 しかし、政府が基準とした年間被ばく線量20ミリシーベルトは、決して安全が保証される数値ではない。
 日本では、一般公衆の年間被ばく限度が1ミリシーベルト(毎時0.23マイクロシーベルト)と定められ、年間5ミリシーベルト(毎時0.57マイクロシーベルト)を超える区域は、放射線管理区域として、一般の立ち入りが禁じられている。立ち入りが許される放射線業務従事者でも、内部被ばく[ii]への懸念から、区域内での飲食は禁止されている。
 チェルノブイリ原発事故では、年間被ばく量1ミリシーベルト以上の地域を「避難の権利ゾーン」に、5ミリシーベルト以上の地域を「避難の義務ゾーン」に指定、また、0.5ミリシーベルト以上の地域も「放射線の定期的監視地域」として支援している。
 元京都大学原子炉実験所助教小出裕章氏は、

放射性物質はどんなに微量でも人体に病気を引き起こします。日本政府は事故直後から『年間100ミリシーベルトまでは健康に影響がない』という政策を行っていますが、まったく違います。現在福島では、子どもの甲状腺がんが従来の知見からすれば異常な割合で増えています……被曝はあらゆる病気を引き起こします。東日本で現在出ている多くの病気に、被曝が影響しているはずです。被曝を減らすことが不可欠です」人民新聞16/3/5)

として、被ばく地から、コミュニティごと人々を移住させることを推奨している。

 政府は、年間被ばく線量が1ミリシーベルトになることを目標に除染を行ってはきたが、除染は住宅地などの生活圏に限られ、山林などの除染は行われていない。
 鈴木が中継した飯舘村でも、村の7割を占める山林でほとんど除染が行われていない(報道ステーション朝日放送17/3/9)。そのため、住宅地でも放射線量が毎時0.23マイクロシーベルトを超える場所が多く残っている。ニュースウォッチ9と同じ日に、飯舘村から中継した報道ステーションは、飯舘村の男性の家の庭先で、毎時1.2~1.3マイクロシーベルト放射線量を計測している。

 当然のことながら、政府の進める帰還政策には反対の声が上がっている。
 今回、新たに避難指示が解除される地域では、「いずれの住民説明会(懇談会)でも解除は『時期尚早だ』という声が上が」っていた(赤旗17/3/15)。
 報道ステーション(同)は、「東京が1ミリ[シーベルト]で、なんで福島の場合は20[ミリシーベルト]なんですか……全くの差別でしょ」と言う、前述の飯舘村の男性の怒りの声を伝えている。
 既に避難指示が解除されている南相馬市西部8地区は、避難指示解除の取り消しを求めて政府を提訴している(報道ステーション、同)。

 また、年間20ミリシーベルトを基準とした避難区域外の避難者に対しては、福島県の住宅無償支援が唯一の支援策だったが、福島県はこれを3月いっぱいで打ち切るため、被災者は、「困窮か、被ばくか」(OurPlanet-TV、17/3/9)を強いられている。被災者らは支援の継続を求めているが、福島県内堀雅雄知事は、被災者との面談を拒否している。

 ニュースウォッチ9(17/3/9)は、番組前半で、飯舘村の住民を紹介し、後半は福島県産の食品を応援する取り組みを紹介しているが、以上のような、問題にほとんど触れていない。

 住民の紹介部分では、「6年近くも経つわけですから、ある程度は切り替えていかなくちゃ」と話す、村に戻ることを決めた男性と、「避難先の農場ではゼロから土作りを始め……6年かけてようやく軌道に乗った今の暮らしを手放すことはできない」ことから、村に戻らないことに決めた男性の声を伝えているが、避難指示解除に反対する声や、放射能のリスクを懸念する住民の声などは伝えていない。

 「自主避難者」については、被災地に戻らない人の「支援」などは、今後どうなるかとの鈴木の質問に、NHK福島放送局の長谷川拓が、

「避難指示が解除されて1年後には、東京電力による精神的な賠償が終了することが決まっています。また仮設住宅などに無償で入居できる住宅支援についても、今後、いつまで続くか分からないという状況です。避難指示区域外から避難した、いわゆる自主避難の人については、今月末で終了する……故郷にすぐには戻れないという人にも、気を配っていくことが大切だという風に思います」

と答えただけだった。「気を配っていく」とは、誰が何をすることを意味しているのだろう。

 鈴木は、これ以上、被ばく地に戻れない人の境遇については深入りせず、「村に戻れるかどうか(の)大きなポイント」は、「畜産や農業など、原発事故の前まで村を支えてきた産業をどのように立て直していくか」だとして、村で畜産を再開する農家の取り組みを紹介する。
 ただし、ニュースウォッチ9によれば、村に戻って畜産を再開する予定なのは、およそ230軒あった畜産農家のうち、10軒だけだ。畜産を再開する予定のない、およそ220軒の農家について、ニュースウォッチ9は言及していない。
 報道ステーション(同)は、「飯舘村で酪農を再開するという人は、まずいないと思う」、「土壌の汚染具合とか……調べても、やっぱり汚染されてるから……我々がここで牛乳を生産して、それ『安心、飲んでみろ』って…言えない」と語る、飯舘村で40年にわたり酪農を営んでいた前述の男性の声を紹介している。

 ニュースウォッチ9は、飯館村放射線量についても言及していない。
 飯舘村放射線量が依然として高いであろうことは、畜産農家が、牛が放射性物質をとり込まないように、餌などを徹底的に管理していることを紹介する場面から容易に想像はできるが、具体的にどの程度汚染されているのかに言及がない。
 前述したとおり、報道ステーションは、飯舘村の男性の家の庭先で、毎時1.2~1.3マイクロシーベルト放射線量を計測している。一般の立ち入りが禁じられ、放射線業務従事者でも内部被ばくへの懸念から、そこでの飲食が禁止されるレベルの放射線量だ。

 他にも、村のあちこちに積み上げられた汚染土の入ったフレコンバッグについて、鈴木は、「除染の後に出たごみ」と表現し、

「ずっと先まで続いていて、村の風景の中にあるには、あまりにも異質。こういう状態なんだなっていう印象がありますね」

と感想を述べるだけで、そこから出る放射線のリスクに言及していない。(鈴木は、番組の最後にも、「村に戻れたとしても、除染で出た廃棄物で風景が一変した中での生活」が待っている、と述べている。鈴木にとって、汚染土の問題は、景観の問題でしかないようだ)
 報道ステーション(同)によると、積み上げられた汚染土の一番外側の部分は、放射線を遮断するために、汚染されていない土の入った袋で覆われているが、その状態でも山積みされた汚染度の周囲では、毎時0.77マイクロシーベルト放射線量を計測した。

 番組後半の福島県産の食品を応援する取り組みを紹介する部分では、女性のツイッターでの呟きがきっかけで人気がでた福島県産の乳製品と、大手百貨手での福島物産展を紹介している。

 ニュースウォッチ9は、

「風評とか、デマやひどい言葉が、福島に対してずっとネットでわき続けていて、福島の食べ物、本当においしいんだよっていう、そんな風評なんかで消えるようなものじゃないんだよって言うことを伝えたかった」

と語る、福島県産の乳製品についてツイッターで呟いた女性や、福島県に足を運ぶたびに「新素材に出会える、本当においしいものが多い」と語る百貨店のバイヤー、「美味しければ、どんどん食べたい」、「検査もしてるだろうし、別に心配はしてない」と話す来店客の声など、福島県産の食品を肯定的にとらえる人の声だけを伝え、福島県産の食品を避けている人の声や、政府の安全基準を疑問視する声を伝えていない。

 ニュースウォッチ9は、インターネット上でどのような「風評とかデマ」が「わき続けて」いたかには言及していないが、それがどのような「風評」や「デマ」なのかを伝えずに、福島の食品は「風評なんかで消えるようなものじゃない」とか、「美味しければ、どんどん食べたい」、「検査もしてるだろうし、別に心配はしてない」などと、一方的に福島の食品に対する肯定的な意見ばかりを伝えることは、福島の食品や政府の安全基準に対する疑問がすべて「風評」や「デマ」であるかのごとく印象を与えないだろうか。

 福島県産の食品を避けたり、政府の安全基準を疑問視することは、決して非合理なことではない。
 福島県産の食品が安全だと主張する人の多くは、放射性物質検査で政府の定めた安全基準、1kg当たり100ベクレルをクリアしていることを根拠としている。
 しかし、前述の小出裕章氏によれば、福島原発事故前は、日本の殆どの食べ物は、1kgあたり0.1ベクレル程度しか汚染していなかった。つまり、政府の定めた安全基準は、事故前の1000倍の汚染を許すということになる。小出氏は、食品に含まれる放射性物質の危険性について、1㎏当たり「90ベクレル、50ベクレル、10ベクレルでも危険だ」と主張している。(WHITEFOOD、WEBサイト:http://www.whitefood.co.jp/interview/vol_05.php

 また、食の安全や人間の健康、環境分野などでは、因果関係が科学的に完全に確立されていなくても予防的措置をとる、予防原則という考え方が有効だ。
 少なくとも、政府が1㎏当たり100ベクレルで安全とする科学的根拠はない。政府の定めた安全基準を疑問視し、福島県産の食品を避けることは、何ら非合理なことではない。
 ましてや、福島原発事故の際、日本には原発事故時の放射性物質の飛散を予測するSPEEDIというシステムが開発されていたにもかかわらず、政府は住民の「パニック」を心配して、予測結果を公表しなかった。その結果、たくさんの人が予測結果を公表していれば防げたかもしれない被ばくをした。安倍晋三内閣総理大臣は、東京にオリンピックを招致するために、汚染水は制御されている(アンダー・コントロール)と国際オリンピック委員会の演説で嘘をついた。今回は、放射性管理区域に指定される放射線レベルの地域に住民を帰還させようとしている。日本人は政府を疑うだけの十分な根拠がある。
 もし、女性の言う「風評」や「デマ」が、政府の定めた安全基準が原発事故前の実際値の1000倍だという事実から、予防原則として福島の食品を避けようとするネット上の情報だったなら、それは、事実に基づいた合理的な判断であって、「風評」や「デマ」には当たらない。

 福島原発事故後、被災者のために献身的な活動を続けているNGOFoE Japanによれば、福島県内では、「被ばく」や「健康リスク」を語ることがタブー視され、不安を感じることがむしろ健康によくないという宣伝がなされているそうだ。

 ニュースウォッチ9は、避難指示解除や政府の安全基準の問題点、正当な反対意見などを無視することで、福島第一原発事故の被ばく地や、被ばく地で生産される食品が安全であるかのような印象を与えているが、このようなPR放送が、福島で安全に対する不安を口にできない雰囲気を助長しているのではないか。
 そしてそれは政府の進める帰還促進政策を容認させることにつながる。帰還促進政策とは、被ばく地の放射線量がまだ高いにもかかわらず、住民を帰還させ、被災者への賠償金を打ち切ることだ。

 ニュースウォッチ9は番組の中で、事故を起こした東電や、原発を推進してきた政府の責任について一切触れていないが、福島原発事故は収束していないし、被ばく地の放射線量も十分に下がっていない。NHKは被災者に「気を配っていく」つもりがあるのなら、東電や政府の責任を追及すべきではないか。

 

[i] PR:パブリック・リレーションズPublic Relations)の略称。好意的な世論を作るための積極的なコミュニケーション戦略のことで、プロパガンダと同義。

[ii] 内部被ばく:空気、水、食物などから放射性物質を体内に取り込むことにより、体の内部から被ばくすること。放射線の飛距離が短いために外部被ばくでは影響は限定的とされるα線(飛距離5cm)やβ戦(同1m)も、内部被ばくでは影響を受けることになる。α線やβ戦は、飛距離が短いが、その短い距離で放射するエネルギーは、γ線に比べてはるかに大きなものとなる。