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── Media Watchdog Group

NHKが描く朝鮮半島情勢

 緊張が高まる朝鮮半島情勢について、NHKニュース7ニュースウォッチ9北朝鮮による「挑発」ばかりを問題にしている。また朝鮮半島の緊張緩和に向けた国際社会の動きについても、北朝鮮への制裁を求める声ばかりを強調し、国際社会が制裁と同時に対話や交渉といった外交手段による解決を求めていることについてはほとんど触れていない。

 北朝鮮安保理決議2375号採択後初となる弾道ミサイル発射実験を行った9月15日、ニュース7は今年8月からの「北朝鮮の動き」として、①「8月29日に中距離弾道ミサイル火星12型を日本の上空を通る形で発射」したこと、② 9月3日に6回目の核実験を行ったこと、③ 国連安保理決議採択から「わずか3日後」の15日に「日本の上空を通過する弾道ミサイルの発射に踏み切った」ことを紹介して、「強硬な姿勢を崩さない北朝鮮に国際社会はどう対応すればよいのでしょうか」と問うている。
 その一方でニュース7は、この間の合衆国や韓国の「動き」については省略している。ニュース7が紹介した「北朝鮮の動き」に沿って、「合衆国や韓国の動き」を付け加えると、①北朝鮮が29日に弾道ミサイルを発射する以前の8月21日、合衆国と韓国は北朝鮮が再三中止を求めていた合同軍事演習を開始した。軍事演習はキム・ジョンウン朝鮮労働党委員長ら北朝鮮政府首脳の「斬首作戦」を含む「作戦計画5015」を土台に行われている。また29日に北朝鮮がミサイルを発射した2日後の31日、米軍はグアムの空軍基地からB1戦略爆撃機朝鮮半島に展開し、韓国空軍と共同訓練を実施。日本の航空自衛隊も九州周辺の上空でB1爆撃機と共同訓練を行っている。②北朝鮮の核実験が行われた翌日の4日、韓国国防相は韓国国会でキム・ジョンウン北朝鮮の「首脳部を暗殺する任務を担う『斬首作戦部隊』を『12月1日に創設し、実戦配備する』と述べ」ている(毎日17/9/4)。また同日、韓国軍は「北朝鮮が強行した6度目の核実験に対抗するとして、韓国東岸から日本海に向けて弾道ミサイルの射撃演習」も行っている(朝日17/9/4夕刊)。③国連安保理決議採択後、先に「挑発」を行ったのは韓国だった。韓国空軍は13日に空対地精密誘導ミサイルの発射実験を行っている。

国連でより強力な制裁が採択されたことを受けまして北朝鮮がどう出るのか注目が集まっていたんですが、先に動いたのは韓国でした。韓国軍がキム・ジョンウン委員長の暗殺を目的としたミサイルを発射する訓練を初めて行いました」報道ステーション、17/9/14)

 「強硬な姿勢を崩さない」のは、合衆国や韓国にも言えることだ。

 ニュースウォッチ9(17/9/15)は、「北朝鮮の狙いは何か。どうしたら挑発を止めることができるのか」を検証している。この問題設定は、「挑発」を行っているのは北朝鮮であり、合衆国や韓国の軍事演習やミサイル発射実験は「挑発」には当たらない、北朝鮮の緊張を高めているのは北朝鮮に一方的に責任があるとの認識からくるものだろう。
 番組で解説に当たった慶應義塾大学の神保謙准教授が、核兵器も搭載できる戦略爆撃機の出撃拠点になっているグアムの米軍基地が北朝鮮にとって「大変脅威」になっていることや、核兵器保有していなかったイラクサダム・フセイン大統領やリビアムアマル・カダフィ大佐が合衆国の軍事攻撃によって倒された教訓から北朝鮮は核・ミサイル開発を行っていることを指摘している点、つまり北朝鮮の行動が合衆国の脅威に対応したものであることを喚起している点については評価できる。しかし神保氏も、15日の北朝鮮によるミサイル実験の意図について説明する過程で、8月29日に行われた北朝鮮のミサイル実験が失敗だったことを述べる文脈での発言とはいえ、ニュース7と同じように、8月21日から行われた合衆国と韓国による合同軍事演習については省略している。

神保氏:「8月の上旬に北朝鮮の軍が公式に発表して、『我々の火星12号がまさにグアムの周辺に包囲射撃を行う』というふうに言ったんですけれども、当時何が起こったかというと、キム・ジョンウン書記が……アメリカがどういうふうに対応するのかという様子を見ようということで、一旦状況収まったかに見えたんですが、北朝鮮は8月の下旬になると方向を南ではなくて東側に変えて、まず発射を行いました」

 ところで、安保理決議2375は「対話を通じた平和的解決を歓迎」し、「政治的・外交的解決」、「朝鮮半島内外の緊張を緩和するための取り組み」の重要性を強調しているが、ニュース7やニュースウォッチ9はこのことに一度も言及していない。国連安保理決議が採択されたことを伝えたニュース7(17/9/12)とニュースウォッチ9(17/9/12)は、それぞれ「外交的努力も必要」、「対話と言うものも模索していく必要がある」という識者の声を紹介しているが、決議の内容については北朝鮮への新たな制裁について説明するだけで、識者の指摘が安保理決議に明記されていることは省略して伝えている。またニュース7(17/9/15)やニュースウォッチ9(17/9/15)は、各国の北朝鮮に対する制裁強化に向けた動きばかりを伝えている。
 しかし国際社会は北朝鮮に対する制裁を求めるとともに、対話や交渉といった外交的手段による朝鮮半島情勢の平和的な解決を求めている。対話や政治的・外交的解決の重要性は、安保理決議2375だけでなく、15日に発表された国連安保理の報道官声明でも明言されている。また、スイスやドイツは対話や交渉による外交的解決に向けて仲介役を引き受ける意向を示している。

 また対話の可能性について、ニュースウォッチ9(17/9/15)で解説に当たったキヤノングローバル戦略研究所の宮家邦彦氏は、

「今まで北朝鮮がやってきたのは核開発を凍結するための対話で、それは今までやってきたけど、何度も何度も失敗してきてるわけですよ」「もう今ICBMが出来て、核弾頭が小さくなっているわけですから、こんな対話をやって時間稼ぎをやったら、あっという間に[合衆国本土に届く]ICBMが出来ちゃうわけです。そういうことを考えますと、今、対話は核の放棄ということを目的にしなければできない」

と述べているが、これまでの事実に照らし合わせれば、北朝鮮は、合衆国や韓国が北朝鮮に対して対話姿勢で臨めば核・ミサイル開発を凍結あるいは放棄する姿勢を示し、逆に強硬路線で臨んだ際には核・ミサイル開発を強行していることがわかる。例えば、クリントン政権との交渉が行われていた90年代、北朝鮮米朝枠組み合意(1994年)に従って核兵器開発を凍結していた。ワシントンを拠点に活動するジャーナリストのティム・ショーロック(Tim Shorrock)氏によれば、合衆国側の合意履行の遅延にもかかわらず北朝鮮側が合意を破らなかった背景には、南北朝鮮の緊張緩和を図った韓国・キム・デジュン大統領(当時)の太陽政策の影響もある。逆に、2002年1月にジョージ・W・ブッシュ大統領(同)が北朝鮮をイランやイラクとともに悪の枢軸だと名指して敵対姿勢を示し、米朝枠組み合意を破棄すると、北朝鮮国際原子力機関IAEA)の査察団を追い出して核開発を開始。2006年の最初の核実験につながった。ブッシュが大統領に就任した2002年、外交の成果によって北朝鮮は核開発だけでなく長距離ミサイルの開発も凍結していたが、ブッシュ政権による枠組み合意の破棄と経済制裁の結果、北朝鮮は核爆弾7~9発相当のプルトニウムを所持し、長距離ミサイルの開発を再開させた。北朝鮮との交渉に一切応じず韓国との軍事演習の規模と頻度を拡大させたオバマ政権は、北朝鮮をさらなる核・ミサイル開発に導いただけだった(Tim ShorrockThe Nation、17/9/5)。
 宮家氏の後半の主張については、ロシアと中国が「北朝鮮の核ミサイル開発凍結と引き換えに合衆国と韓国が大規模な合同軍事演習を停止して交渉を再開する」という提案をしている。北朝鮮はこれまで合衆国と韓国の軍事演習の中止を条件に核・ミサイル開発を中断することを何度も提案していることを考えれば、合衆国が軍事演習をやめれば、すぐにでも北朝鮮ICBM開発が止まる可能性が高い。また北朝鮮の「核の放棄」についても、北朝鮮は平和条約締結や、合衆国による核の脅威がなくなることを条件に朝鮮半島の非核化の提案を2016年に行っている(この時は当時のバラク・オバマ合衆国大統領がすぐさま拒否した)ことから、北朝鮮の非核化に向けた対話も十分可能と考えられる(Bark at Illusions Blog、17/9/11)。

 NHKは、「挑発」を行うのは常に北朝鮮であり、北朝鮮に対しては対話ではなく制裁が必要だという前提から外れる事実は省略する傾向にある。NHKのこのような省略は、朝鮮半島情勢の緊張の高まりの責任を北朝鮮だけに押し付けるだけでなく、朝鮮半島情勢の緊張緩和に向けて最も重要な対話という外交手段──安保理決議2375でも対話の重要性が明確に述べられている──が実現不可能で的外れな提案であるかのような印象を視聴者に与える。
 しかし実際には、合衆国や韓国も軍事演習やミサイル発射実験などを行っている以上、北朝鮮だけを一方的に非難することはできない。北朝鮮だけでなく、合衆国や韓国、それに合衆国と合同軍事演習を行っている日本も朝鮮半島の緊張を高めている。国連安保理決議2375に従えば、各国は平和的、外交的かつ政治的解決に向けて努力しなければならない。そして朝鮮半島の緊張緩和に向けて実現可能な対話の提案が既になされており、それは朝鮮半島の非核化にもつながる可能性がある。
 NHKは自らが描きたい朝鮮半島情勢にそぐわない事実を省略するのはやめて、公正にニュースを伝えるよう努めるべきだ。