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── Media Watchdog Group

日韓合意:揺るぎない確信の背後にあるもの

 日本政府は、韓国・プサンの日本総領事館のそばに「平和の碑」(少女像)が設置されたことを受けて、駐韓大使を一時帰国させるなどの対抗措置を取った。韓国の世論は、平和の碑(少女像)の撤去、および日韓合意そのものにも反対している。日本のマスメディアの多くは、そのことを認識していながら、日韓合意は履行されるべきものと信じて疑わない。
 報道ステーション朝日放送17/1/6)もそのひとつだが、そこには、元「慰安婦」が被害者であるという認識の欠如と、エリート特有の民主主義の解釈が見受けられる。

  日韓合意の概要は、①「慰安婦」問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であるとの観点から、日本政府が責任を痛感する。安倍晋三が、日本国の内閣総理大臣として、お詫びと反省を表明する、②韓国政府が設立する元「慰安婦」支援の財団に日本政府が10億円を拠出する、③韓国政府は、日本大使館前の平和の碑(少女像)について、適切に解決されるよう努力する、④問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する、というもの。

 韓国では、当事者である被害者の元「慰安婦」の女性たちが合意形成に参加できなかったことや、合意内容が元「慰安婦」たちの意向に反するものであることなどから、多くの国民が合意に反対している。合意内容については、主に以下の点で批判されている。

・合意①について、「多数の女性」を「傷つけた」主語が明示されておらず、日本軍の責任が曖昧になっている。また、安倍晋三内閣総理大臣としての「お詫びと反省」が、岸田文雄外務大臣による代読であり、元「慰安婦」への直接の謝罪がない。
・合意②について、元「慰安婦」たちは、「支援」ではなく、法的な「賠償」を求めている。
・合意③について、平和の碑(少女像)は、「慰安婦」問題解決と平和を求めてきた運動(水曜デモ)を象徴するものであることから、その撤去・移転について政府が介入することは受け入れられないものである。
・合意④については、日本政府が被害者の要望に応える形で責任を果たしてこそ実現されるものである。
・問題解決のために、加害者側が前提条件(合意③④)を出すこと自体、受け入れられない。

 報道ステーションは、韓国世論が日韓合意に反対していることを伝え、「日本が心から謝罪をするべき。お金で解決できるものではありません」などという韓国国民の声を紹介している。しかし、日韓合意の説明では、責任と謝罪に関する合意①が省略されており、日本政府の謝罪の仕方や、被害者が「支援」ではなく「賠償」を求めていたことなどにも言及がない。
 一方で、合意②・③・④については、次のように(ボードに書かれた合意内容を指しながら)説明して、キャスターの富川悠太が、韓国政府が合意に反していることに対して不満を表明している。

「[ボードの1段目を指して](日韓合意は)韓国政府が元『慰安婦』支援のため財団を設立して、日本政府が10億円を一括拠出するというもの。これはもう7割の方が支給を受け入れているという状況ですね。[2段目は]ソウルの日本大使館前の少女像について、韓国政府は、関連団体と協議し適切に解決されるように努力するというもの。まだソウルの大使館前の少女像は撤去されていません。そして最終的かつ不可逆的な問題解決を確認する、ということだったんですが、撤去されていないばかりか、新たに少女像がプサンに設置されてしまった。この合意は何だったのかということに…なりますよね」

 これに答える、朝日放送政治部、藤川みな代の主張には、元「慰安婦」が被害者であるという認識が欠如している。

「(日韓合意には)この像について撤去するとは書かれていない…努力するという表現になっています。これは、日本政府が韓国政府に対して譲った、譲歩した結果なんです。韓国国内の世論に配慮した形で、日本政府に強制されて撤去するんじゃなくて、韓国側が自発的に努力をして撤去につなげるという目的で、日本としては、配慮をしたにもかかわらず、今回のような事態になってしまったという、裏切られたという強い怒りがあります」

 日本政府が、被害者に対して謝罪する際に、前提条件として平和の碑(少女像)の撤去を迫り、その表現を緩めて「譲歩」したとは、何とも手前勝手な話だ。また、日本政府が「譲歩」したのは、韓国世論の反対が強すぎて、そのように曖昧な表現にしなければ合意できなかったということに過ぎない。韓国の世論を考えれば、そのような前提条件を受け入れた韓国政府こそ譲歩したと言える。
 それを恩着せがましくも、「日本政府が…韓国国内の世論に配慮した」と解釈し、日本が「裏切られた」とする発想に至っては、加害者である日本と被害者である韓国の立場が入れ替わっているが、最初に裏切られたのは、当事者であるにもかかわらず、合意形成に参加できず、自分たちの意向に反する合意の受け入れを迫られている、被害者の元「慰安婦」の人たちであることは指摘しておかなければならない。

 日本が加害者で、韓国が被害者であるという認識が欠如している藤川にとって、もはや「慰安婦」問題にについて、日本政府に責任はない。藤川は、韓国政府に対して、国民の意思に従わずに、日韓の政府間でまとめた合意に従うよう勧告する。

「日本側としてはもっと強い措置を検討はしたんですが…経済についての協議も中断や延期という形で、あくまで取りやめではなくて、大使も召還をしたわけではありません。あくまで一時帰国ということで、これは韓国に対して、韓国の出方次第では、まだ関係修復はできるんですよ、というメッセージを送っています」

 こうした主張は、エリートによる民主主義の解釈を反映している。
 エリートにとって、民主主義とは、少数のエリートが決断し、一般市民はそれを承認するだけというものである。一般市民に同意する以上の権利はない。一般市民は、「観客」になることはできるが、時々エリートの中の誰かに支持を表明する場合を除いて、政策決定に「参加」することはできない。逆に、政策決定に一般市民がかかわることは、エリートにとって、重大な脅威と映る。
 本来の民主主義の概念とは大きく異なるが、エリートの間ではこうした解釈が一般的だ。
 例えば、イラク戦争(2003年)では、フランスやドイツは、政府が、大多数の自国民と歩調を合わせて、合衆国のイラク侵略に反対したため、「古いヨーロッパ」と揶揄された。逆に、政府が、侵略に反対する大多数の国民の意見を顧みず、合衆国政府の要求に従ったイタリアやスペインなどは「新しいヨーロッパ」として称えられた。
 また、1960年代に、それまで受動的だった人たちが、自分たちで物事を考え、行動し始めて、世界各地で、反戦運動環境保護運動フェミニスト運動、公民権運動などが盛んになると、エリートたちは「民主主義の危機」だとして警戒した。マスメディアでは、右も左もひとくくりに「ポピュリズム」として片づけられることが多いけれども、「既存政治への反発」などという言葉で形容される現在の世界情勢も、エリートにとっては「民主主義の危機」と映っているのかもしれない。

 このような民主主義の解釈は、番組全体を貫いている。
 例えば、富川悠太は、韓国政府は世論を抑えて合意を履行しなければならず、韓国国民は韓国政府の決断に従わなければならないと認識している。

「ただ韓国も世論に押されているような向きがありますが、なんで日韓合意があるにもかかわらず、韓国国民もこの合意は知っているはずですよね」

 朝日放送・前ソウル支局長、大野公二は、「『慰安婦』問題の解決」のために「国内の反対を押し切ってまで」合意を成立させたことは、パク・クネ大統領の「唯一の大きな成果」であると評して、そのパク・クネが失脚したいま、韓国では大統領選挙の局面に入っていることもあり、今回の日本の措置は、韓国政府が世論を抑えるには「逆効果」だと指摘している。

「今、名前が出ている大統領候補は…ほぼ全てが…日韓合意を破棄すべきだと言っている…韓国政府は、当然撤去しなくてはいけないと思っているものの、それを実行に移すだけの力はない。更に、今回日本側からもある意味プレッシャーをかけられた。これは、私は逆効果になると思います。こうなると韓国側はどうしても、やっぱり日本側は反省していないじゃないかというロジックをとって強硬策に出ざるを得ないという感じになってしまう」

 ニュースを締めくくる藤川の主張にも、エリートの解釈が顕著に現れている。

「日本政府も…政権が変わることによって、合意が反故になってしまうんじゃないかというのは想定していたわけです。これは、あくまで合意であって、条約でもなく、協定でもないので、法的な拘束力はないわけですね。ですから逆に『最終的かつ不可逆的』と入れることによって、これは後戻りしない合意なんですよ、ということを入れてあるんです…これは、国と国との約束なんだと。法的な拘束力はなくても、両国の外務大臣がテレビカメラの前でこの合意を発表しています。国際社会に向けて発信しているので、約束を守らなくて恥をかくのは韓国ですよということで、国際的なプレッシャーがかかることを期待しています」

 条約や協定に格上げするために、国会承認や国民投票など、少しでも民主的な手続きを踏んでいては、韓国世論の反対が強すぎて、合意は成立しなかっただろう。
 つまり、そのような合意を「国内の反対を押し切って」成立させた大統領が変わっても、次の政権が国民の意見に従わないようにするために、また、一般市民を政策決定に参加させないために、合意の中に「最終的かつ不可逆的」という文言が入れてあると、藤川は主張している。一般市民には「同意」する以上の権利はないのだから。
 藤川は、「国際社会」で「恥をかくのは韓国」だと述べているが、そのようなエリートによる民主主義への反発が広がっているのが、今の世界情勢ではないだろうか。
 また、国連女性差別撤廃委員会は、昨年3月に公表した対日定期審査の「最終見解」で、日本政府が「元慰安婦への賠償や加害者の訴追などを含む『永続する解決』を探る努力をするよう」求めた前回までの勧告を「依然として実行していないとして『遺憾の意』を表明」、日韓合意についても「『被害者中心の立場に立ったアプローチが十分に取られていない』と指摘し、合意の履行に当たって元慰安婦らの意向に十分に配慮するよう勧告」している(毎日16/3/9)。