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── Media Watchdog Group

TPPはトランプの保護主義に対抗する新たな枠組みになるとマスメディアは言うけれど

 合衆国を除く11カ国による環太平洋パートナーシップ協定(TPP11)が、昨年12月30日に発効した。マスメディアは関税の撤廃による消費者への恩恵を強調したり、合衆国の保護主義に対抗する‟自由貿易” の新たな枠組みになると主張して、TPPの意義をPRしている。しかしTPPは世界規模で活動する大企業が大企業のために創ったルールであり、‟自由貿易” と言いながら大企業の利益を守るための保護主義的な条項も含まれている。自らが大企業であるマスメディアからのプロパガンダに乗せられ、輸入品が安く買えるようになると言って喜んでばかりはいられない。

 マスメディアは一様に「保護主義」への対抗手段としてのTPPの意義を強調している。

保護主義の暗雲を吹き払うかのように、自由貿易の新たな枠組みが動き出している」、「米中が自由貿易のルールを踏みにじるなか、新しい秩序をどう再構築するのか。カギになるのは、TPPなど多国間の枠組みをさらに広げ、そこに米国や中国を少しでも巻き込んでいくことだ。……TPPの加盟国が増えていけば、国際的な貿易ルールの一つとして定着しうる」朝日社説19/1/13)

「米国の保護主義に戦略的に対抗する足がかりになるだろう」毎日社説 『TPPあす発効 保護主義を排する基盤に』18/12/29)

「米国が拡散する保護貿易の防波堤を築く意義は大きい。TPP11の確実な履行によって自由貿易の旗を高く掲げ、世界経済の安定に貢献すべきだ」日経社説 『TPPで自由貿易の旗高く掲げよ』18/12/30)

 そしてTPPが国内に与える影響としては、NHKニュース7(19/1/19)のように輸入食品を大幅に値下げした大手スーパーを紹介して消費者に恩恵となる一面だけを紹介したり、毎日新聞(18/12/29)のように「日本の農家の不安は解消されていない」と懸念を示しつつも、「海外でも品質が評価される日本の農産物の輸出をもっと伸ばす好機」と捉えるべきだと主張したりしている。
 しかし農産物の関税が撤廃されれば日本の農業は壊滅的な打撃を受け、ただでさえ低い食料自給率がさらに低下することは確実だ。日本の農家は、日本の食糧安全保障はどうなるのか。もっと真剣に向き合うべきではないか。
 またTPPによる影響は農業の分野だけに留まらない。TPPは物品の関税だけでなく、サービスや投資、知的財産、医療サービス、食品の安全、労働など幅広い分野にわたる協定で、市民生活に様々な影響を与えることになる。中でも投資分野に盛り込まれている投資家対国家紛争解決(ISDS)条項は、企業に政府や自治体を相手どって訴訟を起こす権利を与えるもので、これにより企業は政府や自治体の規制が自分たちの企業活動を妨害していると判断すれば、私設法廷に提訴することができるようになる(逆に政府や市民が企業を訴えることはできない)。訴訟は実際の損益だけでなく将来期待される利益に対しても行われ、食品などの安全に関する規制や公的医療保険など、国民の安全や利益を守る制度が訴訟対象になる可能性がある。労働分野では、外国からの労働者の国内への流入や、安価な労働力を求める企業の国外移転が容易になることなどから、日本の労働者の雇用機会の減少を招いたり、賃金押し下げなど労働条件を悪化させる可能性がある。さらに知的財産の分野に含まれる新薬のデータ保護期間の延長が認められれば、製薬企業に医薬品の独占権が与えられる一方で、安価な後発医薬品ジェネリック)の市販が遅れ、各国政府や患者の負担が増すことになる。しかも製薬会社が主張する特許は政府からの膨大な補助金(税金)によって開発されたものも含まれているにもかかわらず、利益が大企業に独占されるというのは極めて不当なことだ。その他にも食品表示義務の弱体化(企業の同意が必要になる)・輸入食品の検閲時間短縮・予防原則(環境や人間の健康などを守るために科学的に因果関係が確立されていなくても予防的に規制措置を取ること)の否定など、食の安全を脅かす取決めもある。TPP11は合衆国の離脱に伴い、著作権特許権の保護期間の延長やISDS条項の一部などいくつかの項目が凍結されているが、合衆国が復帰すればそれらも復活することになるだろう。
 TPPは同種の協定である自由貿易協定(FTA)や経済連携協定EPA)などと同じように、各国の市民が自分たちの利益のために民主的に物事を決めることを阻害して投資家の利益を保護し、途上国が関税障壁を設けて自国産業を育てることを妨害して先進国の保護を受ける大企業が自分たちに有利な条件のまま‟自由”に競争することを維持しようというものだ。世界規模で活動する大企業が各国の国民を犠牲にして独占的に利益を得るためのルールであり、安倍晋三が言うような「自由で公正なルールに基づいた貿易」を目指すものではない。合衆国が離脱したのも、「もうかるのはグローバル企業だけで、賃金は下がり、失業が増え、国家主権が侵害され、食の安全が脅かされる」という「米国民のTPP反対の声」が2016年の「大統領選前の世論調査で約8割に達し、トランプ氏に限らず大統領候補全員がTPPを否定せざるをえなくな」ったからで、「『トランプ氏が保護主義に走っただけだから、保護主義とたたかわなくてはならない』という日本での評価は間違いです」(東京大学大学院 鈴木宣弘教授 農民18/6/4)。

 ところで、マスメディアの中にはTPPから離脱した合衆国は貿易で不利な立場に置かれるからTPP11の発効で日本政府はTPPを基準に合衆国とのFTA交渉(一部のマスメディアは‟物品貿易協定(TAG)”と偽って伝えている)を有利に進めることができるという主張があるが、本気でそう考えているのだろうか。日本政府は既にEUとのEPAでTPP11の水準を超える譲歩を一部の品目で行っており、合衆国政府は当然それ以上の譲歩を日本側に迫るだろう。また大日本帝国時代の植民地政策や侵略戦争の被害国に対する不誠実な対応から近隣諸国とうまくやれず、朝鮮半島の非核化の問題でも当事国の平和に向けた努力を妨害しようとする策略のせいで関係国から「蚊帳の外」に置かれている安倍政権にとって、外交面での体裁を保つために合衆国政府の後ろ盾がどうしても必要だ。国内向けにも「アメリカと完全に一致」したと言えば支持率が回復すると考えている安倍政権だから、合衆国政府の言いなりになることは必至だろう。既に安倍政権はドナルド・トランプ大統領のご機嫌取りのために社会保障費を犠牲にして地域の緊張を高めることにしか役立たない兵器を言われるままに購入し、その規模は維持費と合わせて少なくとも数兆円と見積もられている(例えば赤旗『F35 147機 総額6.2兆円』19/1/10)。安倍晋三はこれまでと同じように、大企業や合衆国のために国民を犠牲にするだろう。

 既に外国人労働者の受け入れを拡大するための入国者管理法の改定や民間企業が水道事業に参入するための水道法改定が行われ、市民生活を犠牲にして世界規模で活動する大企業が利益を上げるための法整備が進められている。安倍政権の暴政は森友・加計問題や米軍の辺野古新基地建設だけではない。同じ大企業とはいえ、マスメディアに「権力を監視する」というジャーナリズムの精神が少しでもあるなら、外交や経済政策でも安倍政権を追及しなければならない。