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── Media Watchdog Group

「年金制度改革法案」への国民の理解を得ようと努力するNHK

 政府が今国会での成立を目指す「年金制度改革法案」が、11月25日、衆議院厚生労働委員会で可決された。NHKニュース7ニュースウォッチ9は、マス・メディアでよく使われる言葉で表現すれば、法案への「国民の理解」を得ようと努力している。別の言い方をすれば、法案に賛成する──少なくとも反対しない──世論を作り出そうとしている。

  ニュース7(16/11/16)は、法案についてほとんど説明せずに、民進党議員柚木道義厚生労働大臣塩崎恭久衆議院の委員会での以下の発言を紹介してニュースを終えている。

柚木道義:「安倍政権が検討を進めている医療介護負担増メニュー……年金減額による負担増だけでなく最低保障機能の強化を行うべき」
塩崎恭久:「将来世代の年金水準をしっかり確保していくために行うものであります。この法案には少なくとも未来への責任を唱える政党であれば賛成をしていただきたい」

 厚労大臣の発言は、否定しようがないものだ。「少なくとも未来への責任を唱える政党であれば賛成をしていただきたい」-こう言われて誰が法案に反対するだろう? 但し、法案が本当に将来世代のためになるならばの話だが、ニュース7は、法案については、「将来世代の年金水準の確保を目的に、賃金が下がれば年金支給額も引き下げることなどを盛り込んだ」法案としか説明していない。その他に伝えていたことは、与野党の対立でこれまで審議が行われていなかったということだけで、本当に政府の主張通り、法案によって将来世代の年金が確保されるのかどうか検証していない。

 ニュースウォッチ9(16/11/16)は、法案は「世代間の公平性を確保し将来世代の年金支給額の水準を維持するために必要なルールだ」と主張する政府・与党と、「年金カット法案だとして激しく反発」する野党が委員会で対立していると伝え、その一場面として民進党が作成したパネルを巡って委員会が紛糾した場面を紹介している。ニュースウォッチ9はパネルの内容には言及していないが、視聴者はVTRで紹介された委員会でのやり取りから、民進党が理事会で合意ができていない資料のパネルを提示したことを知ることができる。
 そのうえで、法案に対する民進党議員山井和則の法案につていの批判と、内閣官房長官菅義偉の反論を紹介している。

山井和則:「将来年金確保法という間違った説明を国民にしている。年金カット法案を強行採決しようとする政府の暴走を何としても止めねば」
菅義偉:「将来世代の影響に全く言及しない中で年金カット法案と言う誤ったレッテル貼りをすることは国民に誤った事実を伝えるものであり控えていただきたい」

 法案の内容については、ニュース7と同様で、視聴者には、「将来年金確保法」が「間違った説明」なのか、「年金カット法案」が「誤ったレッテル貼り」なのか判断できない。つまり、法案によって本当に将来の年金が確保されるのかどうか、民進党は何を根拠に法案を「年金カット法案」だと批判しているのかをニュースウォッチ9は伝えていない。

 NHKは、これらのニュースの中で、政府に都合の悪い情報を省略している。野党は、政府に対して、法案による影響の再試算を要求していた。厚労省は、法案を過去10年の経済状況に当てはめた場合、現在の年金受給額は3%減る一方、現役世代の将来の受給額は7%程度増えるとする試算を公表したが、この試算の前提条件が「非現実的」だったからだ。厚労省の将来世代の受給額の試算は、今後「実質賃金は上がり続け、経済成長率は実質0.4のプラスが続く」ことを前提にしているが、「最近10年でも賃金は5回下がっている」(朝日16/10/19)

 しかし、政府は「物価・賃金が共にプラスとなる経済をしっかりと作っていくことを想定している……今回の改定ルールが将来発動するような経済前提を置いた試算を行う考えはございません」(塩崎恭久厚労大臣、報道ステーション16/11/16)と、度重なる野党の再試算要求に応じる気配はない。
 NHKは、法案による年金の試算についてのこうした過程を省略している。

 公平を期すために言うと、厚労省の試算については、ニュース7(16/10/17)が紹介している。しかし、その前提条件に問題があることには言及していない。
 ニュースウォッチ9(16/11/1)は、厚労省の試算について「現実的にあり得ず国民に大いなる誤解を与える」と民進党が国会の代表質問で批判したことを伝えてはいるが、それに対して内閣総理大臣安倍晋三

「今回の計算は御党の求めに応じて仮に計算した結果であり、御党の主張にそぐわない結果が示されたことをもって大変な誤解を招くということはいかがなものか」

と答弁したと紹介するだけで、なぜ民進党厚労省の試算が「現実的にあり得ず国民に大いなる誤解を与える」と批判しているのかを伝えていない。
 民進党の批判は柚木道義のものだが、彼は質疑の中で、厚労省の試算は「今後100年ずっと賃金が上がり続ける、物価上昇率を賃金上昇率が上回り続ける」ことを前提としていること、これについては年金局も「ありえない経済前提」だと認め、厚労大臣も「7%上がるわけではない」と述べていることなどを批判の根拠として指摘している。民進党の「主張にそぐわない」から批判しているわけではない。

 ニュースウォッチ9(16/11/16)に戻ると、NHKが内容について言及しなかった民進党のパネルは、民進党が試算した将来世代の年金に関するものだった。前述の民進党山井和則の発言は衆議院の国対役員・筆頭理事合同会議でのものだが、同会議のニュースウォッチ9が引用しなかった発言の中で、彼はパネルの内容ついて述べている。

マクロ経済スライドルールにより、将来世代の基礎年金は所得代替率で3割程カットされる……将来世代の年金が3割程減ってしまうということは、政府が言っている将来年金確保法案であるという説明に嘘があるということがばれてしまう。3割程度もカットされたら将来世代の年金確保にならない」

 NHKが省略した山井和則の発言から、民進党の試算では将来世代も年金が大幅にカットされることから、民進党は法案を「年金カット法案」と批判していることがわかる。つまり、官房長官の言うように「将来世代の影響に全く言及しない中で」レッテル貼りをしているわけではない。

 NHKは、他にも省略していることがある。ニュース7ニュースウォッチ9は、法案が衆議院の委員会で可決されるまで、法案のもうひとつの大きな変更点である「マクロ経済スライド」のキャリーオーバー制度[i]について一度も伝えなかった。
 「マクロ経済スライド」は、物価上昇時に年金受給額の伸びを抑制する制度で、現在はある程度の物価上昇がなければ実施されないことになっている。この法案により、物価上昇が低い場合や物価下落時に実施できなかった分を翌年度以降に持ち越して削減できるようになる。つまり、物価が上がった場合でも実質的な受給額は削減されることになる。
 「マクロ経済スライド」のキャリーオーバーは、「プラス成長でも2043年、マイナス成長のケースなら2072年まで」続くと見込まれており、年金の削減は将来世代にわたって行われることになる(赤旗16/11/17)。

 ところで、現在の「基礎年金は満額でも月6万5千円で、単身高齢者の基礎的消費支出7万2千円を大きく下回ってい」る(赤旗16/11/11)。また、現役世代の平均賃金に対し公的年金の受取額がどの程度の水準にあるかを示す指標である「所得代替率」は、他の先進国と比べ低い水準となっており(朝日16/10/27)、国連社会権規約委員会からは最低保障年金の創設を勧告されている。
 こうした背景が語られなければ、ニュース7(16/11/16)が引用した民進党議員柚木道義の「最低保障機能の強化を行うべき」との発言(冒頭)は、ほとんど意味をなさない。

 NHKが伝えなかったことを見聞きするのと、ニュース7ニュースウォッチ9が伝えたことだけを聞くのとでは、法案に対する見方がかわってくるのではないだろうか。

 NHKは、政府に都合の悪いことは省略し、法案は「将来世代の年金水準の確保」のためだとする政府の主張を検証することなく繰り返し伝え、野党の批判については、批判の根拠を示すことなく「レッテル貼り」などと片づける、あるいは、ほとんど法案の説明をすることなく「少なくとも未来への責任を唱える政党であれば賛成をしていただきたい」と言う厚労大臣の発言を紹介するなどすることで、法案に対する世論の同意(積極的であれ消極的であれ)を作り出そうとしている。

 

[i] 年金の受給額は、物価・賃金の変動に応じて毎年改定される(物価・賃金スライド)が、これに加えて、「マクロ経済スライド」と呼ばれる制度によって「調整」されている。この制度によって、物価上昇時の受給額は、少子高齢化による年金財政への影響分(スライド調整率)を差し引いて(調整して)改定される。ただし、物価上昇が調整率より低い場合は物価上昇分だけを削減し、物価下落時は物価の下落分だけを削減して調整分は実施しないルールとなっている。法案によって、これまで物価上昇が調整率より低い場合などに実施できなかった「調整」を翌年度以降に持ち越して削減できるようになる(キャリーオーバー)。