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── Media Watchdog Group

NHKは米朝首脳会談の合意文書を読んでいるのか

 2回目の米朝首脳会談が今月27日と28日の2日間にわたってベトナムハノイで開催されることが決まった。マスメディアは朝鮮半島の平和と非核化へ向けた米朝間の交渉について、相変わらず世論をミスリードしている。例えばNHKニュース7(19/2/2)は、昨年6月に行われた1回目の米朝首脳会談での合意文書を読んでいるのかと疑いたくなるような内容だった。

 ニュース7は、2回目の米朝首脳会談について、

「焦点は北朝鮮の非核化につなげられるのか。そして北朝鮮が見返りとして求める経済制裁の緩和への対応です」(アナウンサー・井上裕貴)、
「しかし、場合によっては完全な非核という大前提が、根本から崩れかねないという懸念の声が上がっています」(アナウンサー・井上あさひ

と冒頭に述べた後、朝鮮の非核化に対する合衆国の情報機関の懐疑的な見方を紹介して、「米朝首脳会談に強い意欲」を見せるドナルド・トランプ大統領と情報機関が反目していることを伝えた上で、スティーブ・ビーガン北朝鮮担当特別代表が朝鮮政府と「信頼構築につながる措置について話し合う用意がある」と述べていることを紹介。そして

「(ビーガンは)北朝鮮が求めている見返りを巡る協議に応じる考えを、このほど初めて示しました。北朝鮮経済制裁の緩和や体制保証を求めているとみられています。しかし、その前提であるはずの北朝鮮の完全な非核化に警鐘を鳴らす人物がいます」(井上裕貴)

と述べて、合衆国のエバンス・リビア元国務次官補代理のインタビューを紹介してニュースを終えている。エバンス・リビアはインタビューで、「政治的に窮地」にあるドナルド・トランプが「譲歩」をして「アメリカに直接影響のあるICBM大陸間弾道ミサイルの廃棄だけで北朝鮮経済制裁の緩和などの見返りを与え」、朝鮮が核兵器を「保持したまま」になる可能性があると指摘し、さらに「北朝鮮の目標には米韓の同盟関係の終焉がある」と述べて、トランプに在韓米軍の撤退に応じないよう警告している。

 しかし昨年6月の米朝首脳会談ドナルド・トランプキム・ジョンウン委員長が合意したのは、「朝鮮半島」の非核化であり、両首脳は「新しい米朝関係」と「朝鮮半島の永続的かつ安定的な平和体制」を構築することなどでも既に合意している。またドナルド・トランプキム・ジョンウンに約束したのは、合衆国が朝鮮を侵略しないという「朝鮮の安全の保証」だった。合意は、「新たな米朝関係や朝鮮半島での恒久的で安定的な平和体制を構築するため」のものであり、単に「北朝鮮の非核化」だけを目指すものではない。2回目の首脳会談の焦点は「北朝鮮の非核化」だとか「北朝鮮が見返りとして求める経済制裁の緩和への対応」だとか、あるいは朝鮮は「体制保証」を求めているとみられるなどというニュース7の説明は、米朝間の合意内容を完全に無視している。
 また井上裕貴は「経済制裁の緩和や体制保証」などの「見返り」は、「北朝鮮の完全な非核化」が「前提」だと述べているが、合衆国政府が合意に従って「新しい米朝関係」や「平和体制」の構築に向けた交渉に応じない限り、朝鮮側も非核化に向けた行動をこれ以上取ることはできないだろう。敵が戦争終結を拒否し、核兵器搭載可能な爆撃機を参加させた軍事訓練まで行っている(米朝合意後の昨年7月27日)というのに、先に武器を置くことなどできるはずがない。朝鮮政府は1974年以来一貫して合衆国との平和協定締結を求めており、朝鮮側に合衆国を侵略する意図がないのは明らかだ。また朝鮮戦争の当事国である朝鮮と韓国は、昨年9月の首脳会談で事実上の終戦宣言を行っている。常識的に考えれば、合衆国政府が朝鮮に対する敵視政策をやめて朝鮮戦争終結に応じることこそが、朝鮮半島の非核化の前提だろう。
 エバンス・リビアの見解について言うと、朝鮮が核開発を進めたのは、朝鮮戦争終結を拒否され続けた朝鮮政府が、合衆国による侵略の脅威に対抗するためだったということを思い起こさねばならない。つまり合衆国政府が朝鮮側の要求に応じて朝鮮戦争終結し、朝鮮に対する敵視政策をやめていれば、朝鮮が核武装することはなかった。そしてそれは朝鮮が核を保有した現在も変わらない。キム・ジョンウン朝鮮戦争終結すれば核兵器は必要ないとの考えを繰り返し表明している(例えば、毎日18/4/30)。朝鮮側に先に ‟見返り” を与えれば、非核化が実現できなくなるかのように言うのは間違いだ。また在韓米軍の撤退についても、キム・ジョンウン終戦宣言と「米韓同盟の弱体化や在韓米軍の撤収論とは関係がない」と述べるなど(日経18/9/7)、朝鮮侵略を意図しない米軍の韓国駐留は容認する姿勢を繰り返し示している。とはいえ、朝鮮と韓国が事実上の終戦宣言をしているというのに、米軍は何のために韓国に駐留する必要があるのか。エバンス・リビアの見解も合衆国側から見た一方的な見方であり、現実を反映した見解とは言えない。

 昨年の米朝首脳会談の合意内容を無視してニュースを伝え、世論をミスリードしているのはNHKだけではない。
 例えば朝日新聞社説(19/2/7)は、「非核化へ向け、いつ何を実行するかの言質を北朝鮮からとりつける必要がある」と述べて「北朝鮮の核」だけを問題にし、「ビーガン氏は……北朝鮮の非核化措置と、米国による関係改善の行動を同時並行的に進めたい考えを示した。北朝鮮側の見返り要求を一定程度受け入れた形だ」とか、「韓国政府は、朝鮮戦争終戦宣言を出すことも、北朝鮮を動かす誘因策になりうると訴えている。確かに、和平の象徴としての宣言で北朝鮮が軟化するならば検討に値するだろう。しかし、宣言を大義名分として、在韓米軍などの軍事力の削減や制裁緩和を一方的に求めるようであれば話は違ってくる」と述べるなど、米朝間の合意が「新たな米朝関係や朝鮮半島での恒久的で安定的な平和体制」の構築に向けたものだということが念頭にあるとは思えない。
 読売新聞社説(19/2/8)は、「朝鮮戦争終結宣言や米朝間の平和協定などを非核化の工程表にどう組み込むのか。こうした難題の解決も迫られよう」と述べている点はニュース7よりは事実を反映していると言えるが、「北朝鮮の非核化を巡る立場の違いを今度こそ埋めることができるのか」と述べるなど、非核化の対象を「北朝鮮の核」に限定している。

 いわゆるフェイクニュース(嘘のニュース)はインターネットの世界だけの話ではない。朝鮮半島の平和と非核化に関するニュースは、マスメディアの重大フェイクニュースのひとつだ。ニュースの視聴者はマスメディアの伝えるニュースを鵜呑みにするのではなく、過去の事実などと照らし合わせて現実を見極める努力が必要だ。