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── Media Watchdog Group

日本政府は圧力一辺倒に回帰するのではなく、朝鮮政府と対話する意思を行動で示すべきだ

 人権団体のヒューマン・ライツ・ウォッチは安倍政権に対して朝鮮の人権問題に強い姿勢で臨むよう求めている。安倍政権は昨年3月、2008年以来続けてきた国連人権理事会への対朝鮮非難決議案の共同提出を見送り、同年5月には前提条件を付けずに日朝首脳会談の実現を目指す方針を示しているが、ヒューマン・ライツ・ウォッチは今年2月、国内外の団体や個人と共に、朝鮮の人権問題に関する決議案の提案国に戻ることなど求める公開書簡を安倍政権に提出。ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表の土井香苗氏は、朝日新聞(20/3/28)のインタビューで、日本政府の共同提出見送りには「日朝首脳会談を実現させたい思惑があったようだが、この1年間で日朝関係は何も変化していない。北朝鮮に対する期待が裏切られたのなら、即座に政策を戻すべきだ」と主張している。だが、圧力一辺倒だった安倍政権の対朝鮮政策への回帰は、東アジアの緊張を高めるだけで、ヒューマン・ライツ・ウォッチなどが心配する人権問題の改善にもつながらないだろう。

 ヒューマン・ライツ・ウォッチは書簡で、

「日本政府が、安倍総理のリーダーシップのもと、……国連人権理事会における北朝鮮決議の主提案国として果たしてきた重要な役割を認識しております」、
「日本政府のリーダーシップの後押しを受けて、2014年から2017年にかけて国連安全保障理事会北朝鮮の人権状況について討論がおこなわれるなど、北朝鮮政府に対する前例のない国際的圧力が維持されました。……北朝鮮政府に対して、国連メカニズムと協力し、拉致問題を含めた人権問題を解決するようにとの圧力が改めてかかりました。こうした事態の前向きな進展は、安倍総理のリーダーシップと日本政府の尽力なしには実現できないものでした」

安倍晋三と日本政府を評価し、それだけに昨年3月の朝鮮非難決議案共同提出見送りには「当惑」したと述べて、

金正恩政権への圧力を和らげても、人権状況の改善や拉致問題の解決が実現する見込みはありません。むしろ白旗は、北朝鮮の虚勢に助け船を出すことになります」

と主張。そして、

北朝鮮に関する今年の国連人権理事会決議には主提案国として戻るとともに、同国政府との交渉で人権問題にプライオリティを置いて、日本がこれまでとってきた北朝鮮に関する人権重視外交を再び高く掲げるよう」

要請している。

 ヒューマン・ライツ・ウォッチが「北朝鮮政府に対する前例のない国際的圧力が維持」され、「事態の前向きな進展」があったと評価する2014年から2017年というのは、安倍晋三が国連演説で朝鮮の核問題について「対話による問題解決の試みは一再ならず、無に帰した」、「必要なのは対話ではない。圧力なのです」などと述べて朝鮮との対話を拒絶し、朝鮮対して経済制裁などの厳しい圧力で臨むよう国際社会に働きかけていた時期だ。その頃の東アジア情勢はどうだったか。経済制裁や軍事力で朝鮮政府に核放棄を迫る合衆国政府と、核・ミサイル実験を繰り返す朝鮮政府の対立が激化し、核戦争が勃発しかねない危機的状況だった。そんな東アジアの緊張状態を作り出してきた立役者の一人である安倍晋三の対朝鮮政策が正しかったと本気で考えているのだろうか。
 しかも安倍晋三が人権問題を考えていたかどうかも疑わしい。合衆国のドナルド・トランプ大統領が2017年の国連総会で「合衆国と同盟国を守らなければならないとき、北朝鮮を完全に破壊するしか選択肢はない」と演説した際には「高く評価したい」(菅義偉官房長官)とトランプの発言を支持して朝鮮人の生命を軽んじ、高校無償化制度から朝鮮学校を排除して朝鮮系日本市民を差別している安倍政権だ。人権よりも朝鮮人に対する憎しみに動機づけられて行動していたという印象しか受けない。他にも、大日本帝国時代の強制労働に対する謝罪や賠償の要求を「国際法違反」だと強弁して被害者を切り捨てている問題や、人権侵害につながる秘密保護法や共謀罪法の制定など、安倍政権は人権を擁護する側ではなく、人権を侵害する側の人達だ。こんな政権に「人権重視外交を再び高く掲げる」よう求めるとは、冗談にもならない。
 また土井香苗氏は、日本政府が朝鮮非難決議の共同提出を見送ったのは「日朝首脳会談を実現させたい思惑があった」のではないかと分析しているが、安倍政権は朝鮮に対する政策を実質的には変えていない。日本政府は非難決議案の共同提出を見送ったその翌月に朝鮮に対する日本の独自制裁の延長を決定し、現在もそれを維持している。また前提条件なしで日朝首脳会談を行いたいと安倍晋三が表明した翌月、岩屋毅防衛大臣(当時)がアジア安全保障会議の演説で朝鮮に対する国連制裁決議の履行を徹底するよう国際社会に呼びかけていたし、昨年12月の日中韓首脳会談や今年1月の日米韓外相会談でも、日本政府は朝鮮に対する制裁緩和は「時期尚早」だという立場で制裁の必要性を訴えている。だから「北朝鮮に対する期待が裏切られたのなら、即座に政策を戻すべきだ」という主張も間違っている。

 日本政府が本当に朝鮮政府との対話を望んでいるなら、まずは日本が独自に課している朝鮮への制裁を解除するなど、行動でその意思を示すべきだろう。ヒューマン・ライツ・ウォッチは「対話と公的な人権批判は排他的な関係にはありません」と述べているが、対話と制裁は両立しない。
 おりしも新型コロナウィルスとの闘いで国際的な連帯が求められるなか、国際社会では国連人権高等弁務官事務所のミシェル・バチェレ弁務官が朝鮮やイランなどに対する制裁緩和や解除を求め、G77と中国が発展途上国への一方的で強制的な経済措置をやめるよう要求する声明を発表するなど、ウィルス対策への悪影響を防ぐために朝鮮などへの制裁緩和や解除を求める声が上がっている。
 こうした国際社会に歩調を合わせ、日本の対朝鮮独自制裁を緩和するなり国連制裁の緩和を提言するなり、朝鮮に対する敵対的な姿勢を改めてこそ、朝鮮政府との対話の機運が醸成し、拉致問題も含めた人権問題についての新たな展開も期待できると考えるべきだろう。