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── Media Watchdog Group

安倍晋三の誤った主張に異議を唱えるマスメディアは、またしても皆無

 大日本帝国時代の強制労働者への賠償を日本企業に命じた韓国大法院(最高裁判所)の判決以来、初めてとなる日韓首脳会談が行われた。日本のマスメディアは、相変わらず安倍晋三の主張が正しいという前提でニュースを伝え、日韓関係悪化の原因となった「徴用工」問題解決の責任を韓国政府に転嫁している。

 安倍晋三ムン・ジェイン大統領との会談後の会見で、

「国交正常化の基礎となった日韓基本条約・日韓請求権協定が守られなければ、国と国との関係は成立しない。成り立ちません。ムン・ジェイン大統領には、旧朝鮮半島出身労働者問題に関する我が国の立場を伝えました。国と国との約束を順守してもらわなければなりません。韓国側の責任で解決策を示すべきである。日韓関係を健全な関係に戻していくきっかけを、韓国側から作るよう求めました。ムン大統領との間では、対話による解決の重要性については確認をしたところであります」

と述べた。日韓両国間の請求権の問題の完全かつ最終的な解決を確認した日韓請求権協定に反する韓国司法の判決は「国際法違反」だと主張し、韓国政府に対して「国際法違反」の状態を「是正」するよう要求してきたこれまでの日本政府の立場を繰り返したものだ。
 一見すると正論のようだが、安倍晋三や日本政府の主張は明らかに間違っている。たとえ日韓請求権協定で問題の完全かつ最終的な解決が確認されていようとも、国家間の条約で個人の請求権は消滅しないというのが国際社会の共通認識だ。これは昨年11月14日の衆議院外務委員会で当時外務大臣だった河野太郎が日韓請求権協定で「個人の請求権が消滅したと申し上げるわけではございません」と答弁しているように、これまで日本政府も認めてきたことだ。
 日本企業に対して謝罪と賠償を求めているのは、韓国政府ではなく、被害者個人だ。だから韓国政府が「国と国との約束」を破っているわけではない。問われているは、韓国政府が「国と国との約束」を「順守」しているかどうかではなくて、未だに救済されていない大日本帝国時代の植民地政策の被害者が、謝罪も賠償も得られぬままでいてよいのかという問題だ。問題解決の責任は当然、加害国である日本政府にある。「日韓関係を健全な関係に戻していくきっかけ」は日本側から作らねばならない。

 人間社会で生きていくうえで最低限必要な常識を備えていれば当然導き出せるこのような結論だが、日本のマスメディアで働く人間にとってはそうではないようだ。マスメディアはいつものように安倍晋三の主張が正しいという前提で、今回の日韓首脳会談のニュースを伝えている。
 例えばNHK・ニュースウォッチ9(19/12/24)は、安倍晋三が会見で語った主張の誤りを一度も正すことなく、安倍政権と同じように、問題を解決する責任は韓国側にあるという立場でニュースを伝えている。

「あくまで韓国側の責任で解決策を示すよう求める安倍総理大臣に、ムン大統領は手続きが進む日本企業の資産の現金化が現実のものとなれば事態はより深刻になるという認識は示しました。しかし輸出管理の問題に続き、維持を決めたGSOMIAも絡めながら解決を求める従来の立場を繰り返したのです。……安倍総理大臣は今日もそうした問題を関連付けるべきではないと反論したということです」、「関係改善に必要なのは韓国側の対応だというのが日本の立場です……日本としては今後も立場を堅持しつつ、韓国側の対応の変化を促していくことになります」NHK政治部キャップ・松本卓)、

「ムン大統領は……早期に解決を図りたいと発言していましたけれども、ムン大統領に譲歩の余地はあるんでしょうか」、「ムン大統領は日本との関係をどういう風に改善に導いていくつもりなんでしょうか」(キャスター・桑子真帆

等々。
 ニュースウォッチ9は専門家の意見として、「請求権協定で完全かつ最終的に解決されたことが確認されている以上、やはりこの問題はあくまで韓国政府の責任のもとで適切に対処すべきもの」だという日本政府の立場と、「司法府の判断が最終的に下された以上、三権分立の原則から政府としてはこれを尊重する他ない」という韓国政府の立場があり、「双方にどうしても譲れない一線というものがある以上、歩み寄りというのはそう簡単にできるものじゃない……」、日韓関係を改善するには「首脳同士が……何度でも会いながら……信頼関係を回復させて着地点を探っていくと。何か特効薬があるような話ではないと思います」という静岡県立大学・奥薗秀樹准教授の見解を伝えているが、この場合、双方ともに議論の余地のない正論がぶつかり合っているのではなく、一方の主張が完全に間違っているわけだ。「特効薬」というわけではないけれども、日韓関係を改善するには、まずは加害者である日本政府や日本企業が被害者に対して謝罪すればいいだけのことではないか。
 朝日新聞(19/12/25)社説は、韓国大法院の判決が「国際法違反」だという安倍政権の主張を「疑問視する日本の法学者もいる」と述べているが、日韓請求権協定で個人の請求権を消滅させることができないことは日本政府も認めていることなのに、なぜそこまで控えめに言う必要があるのか。社説の中で朝日新聞は日韓関係について、「互いに大幅な譲歩を伴う政治決断なしに、事態は動かない」と述べてムン・ジェインとともに安倍晋三のことも批判しているが、安倍晋三に対してはその「歴史観」を批判しているだけで、強制労働の被害者の救済を拒んでいることを批判しているわけではない。ムン政権は、

「徴用工問題でも、有効な方策を示していない。……事態の打開には、文政権の能動的な行動が必要だ。懸案を棚上げし、救済を怠ることは『被害者中心』にも反し、解決は遠のくばかりである」

と述べているように、朝日新聞も「徴用工」問題解決の責任を韓国政府に転嫁している。
 毎日新聞(19/12/25)社説も、やはり安倍晋三の間違いを正すことなく「元徴用工問題は、韓国が主体的に解決に動くべき課題だという自覚を持つ必要がある」と主張している。

 日本のマスメディアはこれまでもずっと安倍政権の主張が正しいという前提で帝国時代の日本の植民地政策の被害者のニュースを伝えてきたが、今回もマスメディアから安倍晋三の誤った主張に異議を唱える声は聞かれなかった。
 安倍政権の言う「国際法違反」の「是正」とは、司法の判決を無効にし、被害者を黙らせるという事に他ならない。国際的に認められている被害者個人による賠償請求を「国際法違反」と退け、公正な判断を行った司法の判決を無効にするよう被害国側の政府に要求し、日本企業の財産を守るために被害者を黙らせる。
 安倍晋三と同じように、それで日韓の「健全な関係」が築けるとマスメディアは考えているのか。