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── Media Watchdog Group

トリチウム汚染水を希釈して放出すれば人体や健康に影響がないという嘘に騙されるな

 福島第一原発事故で増え続ける放射能汚染水の処分方法を検討する経済産業省の小委員会が18日に開かれた。原発敷地内では溶融核燃料の冷却水や敷地内に流れ込む地下水などが原因で放射能汚染水が毎日発生しており、東京電力放射性物質の除去作業を行っているが、水素原子とほとんど同じ化学的性質であるトリチウム三重水素)は除去することができないため、トリチウムを含む汚染水が原発敷地内のタンクに保管され、その量は増え続けている。昨年の経済産業省公聴会では、その処分方法として委員会が提示した選択肢に長期間保管し続けるという最も安全な方法がなかったことに反発の声が上がり、その後、タンクを増設して長期保管するという選択肢が加えられた経緯がある。ところが報道によると、今後も議論の中心は海洋放出と大気放出になるようだ。

 委員会では東京電力が海洋や大気に放出した場合の人体への影響や年間処分量の試算などを説明した。NHK・ニュースウォッチ9(19/11/18)は次のように伝えている。

「国と東京電力は、海洋と大気に放出した場合の人への影響の試算を示し、いずれの方法でも被曝量は通常自然界から浴びる量よりも十分に小さいとしたうえで、海洋に放出した方が大気に出した場合に比べ半分以下になるとしました。これを受けて会議では、海洋か大気に放出する案を中心に今後議論が交わされる見通しとなりました。国は近く提言をまとめたいとしていますが、委員からは風評被害の影響などの議論が不足しているとの意見も出され、会議の行方が注目されます」

 今回に限らず、日本政府やマスメディアは、通常の原発運転で発生するトリチウムの場合は希釈して海に流していることや、トリチウムが出す放射線のエネルギーが弱いことなどを根拠に、トリチウムは人体への影響が少なく、希釈して海に流せば問題ないとPRし、懸念材料は“風評被害”だけであるかのように説明してきた。原発には批判的な朝日新聞毎日新聞までもが、放射能汚染水の問題では政府の言い分を鵜呑みにしてそのまま伝え、読者をミスリードしている。例外としては、人体あるいは人類への長期的影響の可能性や、カナダ型重水炉(CANDU炉)の立地周辺地域で先天異常や白血病が多発していること(CANDU炉はトリチウムの発生量が多い)に言及した毎日新聞(19/9/23)の山田孝男のコラムがあるが、それでもトリチウムの影響を過小評価する政府の説明を十分に検証しているとは言い難い。しかも海洋放出は避けられないというのが山田の結論だ。

 政府やマスメディアのPRの影響で一般に理解されているのとは反対に、トリチウムは危険な放射性物質だ。
 水素原子(H)と化学的性質が変わらないトリチウム(T)は、「どこでも通常の水素に置き換わり、いろいろな原子と結合する」。酸素と結合すればトリチウム水(HTO)になるが、

「特に有機高分子化合物と結合して有機結合型トリチウムOBTになると体の一部となるので長く体内にとどまり、大変危険である。細胞の構成要素、特に遺伝情報を担うDNA中の水素とも置き換わるので……ベータ崩壊により……細胞が損傷される」(渡辺悦司・遠藤順子・山田耕作放射線被爆の争点』 緑風出版

ベータ崩壊で放出される電子のエネルギー」は小さく、射程も短いが、「局所的な被曝となり狭い領域に集中的な被曝を与える」(同)。
 またベータ崩壊した後のトリチウムはヘリウム3に変化するが、その変化がDNA中の水素と置き換わったトリチウムに起こると、DNAの二重らせんを支える基本構造となっている水素結合(この場合はトリチウム三重水素の結合)が切断されて「DNAの分子構造が壊れ、遺伝情報が失われたり書き換わってしまうため、いっそう危険である」(同)。
 海洋の放射性物質調査などに携わる英国のティム・ディアジョーンズ氏によれば、海洋放出されたトリチウムは「容易に環境中の有機物と結合」して有機結合型トリチウムとなり、

有機結合型トリチウムが……海洋植物に取り込まれる結果、動物および人間は植物や畜産物を経由して、かなりの量の有機結合型トリチウムを摂取することになる……最近の研究では、有機結合型トリチウムは魚類・鳥類・哺乳類が水産物を摂取することで容易に吸収されること、非常に高い生物濃縮率で有機結合型トリチウムの生体内濃度を高めることが、決定的に示されている」(『Tritiated water and the proposed discharges of tritiated water stored at the Fukushima accident site(トリチウム水と提案されている福島事故サイトからのトリチウム水海洋放出について)』18/7、松久保肇訳 原子力資料情報室18/8/3)

 トリチウムによる健康被害については、カナダだけでなく、日本の原発施設周辺についての報告もある。
 例えば、国内の原発の中でトリチウムの放出量が最も多い玄海原発が立地する佐賀県玄海町白血病による死者数は、厚生労働省人口動態統計のデータによると、全国平均の6倍以上、佐賀県平均の約4倍となっている(引用は渡辺悦司・遠藤順子・山田耕作、同)。
 また国立がん研究センターによると、六ケ所再処理工場がある青森県は「全がん75歳未満年齢調整死亡率」が2004年以来ずっと全国1位である(2017年現在)。使用済み核燃料の再処理では通常の原発運転と比較して桁違いのトリチウムが放出される。六ケ所再処理工場では2002年に再処理工場の化学試験、2004年にウラン試験、2006年に再処理工場のアクティブ試験が開始され、大量のトリチウムが海に放出されてきた(渡辺悦司・遠藤順子・山田耕作、同)。
 健康被害との因果関係を証明することは難しいだろうが、こうしたデータから、トリチウムによる人体への影響を疑うのが科学的態度だろう。通常の原発トリチウムを海に流しているのは、安全が証明されているからではなく、そうしなければ原発を運転することができないからだ。

 では、増え続けるトリチウム汚染水をどのように処理すべきか。トリチウム半減期が12.3年で、その量は100年で約1000分の1に減少することから、研究者やNGOなどが参加する原子力市民委員会は、最も安全で現実的な方法として、大型タンクによる長期保管や、砂・セメントと混ぜてモルタル固化する処分方法を提案している。費用は「海洋放出案が34億円と見積もられているのに対して、大型タンク長期保管案では当面200億~300億円規模、モルタル固化案では1000億円規模」(赤旗19/10/4)だそうだ。
 ニュースウォッチ9は「海洋か大気に放出する案を中心に今後議論が交わされる見通し」だと伝えているが、以上のことを踏まえれば、それはあり得ない判断だ。安価な方法で汚染水を処分したい東電や日本政府と、それに同調してトリチウムは安全だとPRするマスメディアの嘘に騙されないようにしよう。