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── Media Watchdog Group

日韓の対立で問題にすべきは、強制労働の被害者に対する日本政府の対応だ

 「徴用工」を巡る問題で日韓の対立がエスカレートしている。韓国への輸出規制を強化した日本に対して韓国政府は対抗措置を発表、韓国では日本製品不買運動も広がっている。しかし対立の発端となった「徴用工」を巡る昨年の韓国大法院(最高裁)の判決以降の経緯を振り返れば、問題の責任の大半は日本側にあるのは明らかだ。日本政府も認めている通り、日韓請求権協定で韓国側に供与された無償3億ドル分の日本の生産物と役務は賠償ではなくて経済協力であり(例えば、1965年11月19日の参議院本会議での外務大臣椎名悦三郎の答弁)、国家間の条約である同協定で個人の請求権を消滅させることはできない(例えば、1991年8月27日の参議院予算委員会での外務省条約局長・柳井俊二や、2018年11月14日の衆議院外務委員会での外務大臣河野太郎の答弁)。日本政府はそれを承知で、日韓請求権協定で問題は解決済みだと嘘を言い、日本企業に元「徴用工」への賠償を命じた韓国大法院の判決は「国際法違反」だと主張して、民主国家として司法の判断を尊重する韓国政府への腹いせに、輸出規制強化という経済報復を行った。批判の矛先は日本政府に向かうべきだが、日本のマスメディアは韓国政府に問題の責任を押し付けている。

 例えばNHKニュースウォッチ9(19/8/7)もその一つだ。ニュースウォッチ9は上記のような日本政府の恥知らずな対応や、それを支持あるいは黙認する日本社会を棚上げして、キャスター・有馬嘉男が「反日の韓国」で何が起きているかを報告するために韓国を取材している。
 まずソウルの日本大使館前の抗議デモの様子を取材した有馬嘉男は、日本政府の輸出規制強化が韓国への報復措置であることは安倍晋三菅義偉内閣官房長官らが「徴用工」問題と関連付けて輸出規制強化を語っていることから明らかであるにもかかわらず、デモ参加者のプラカードには「貿易や徴用を巡る問題」が書かれていたと説明して、

「経済の問題……貿易管理を強化するという問題と、歴史問題とが一緒くたになってる。それが1つの問題に捉えられてる」

と問題視。そして「経済の問題」と「歴史問題」が同列に扱われていることへの「違和感」を尋ねるために、抗議デモの主催団体のメンバーを取材し、

「対立がすごく煽られている。ナショナリズムがすごく煽られている」

と問いかけ、主催団体の女性は「なぜそう思われるのかわからない。過去の歴史に対する日本の謝罪が、対話の始まりであるべきだ」と答えている。この女性の発言が、番組の中で唯一、問題解決の責任が日本政府にあると指摘している部分だが、日韓請求権協定で「徴用工」問題は解決済みだと主張する日本政府の嘘を放置し、韓国側の正当な抗議の声を「反日」と捉える番組の中で、女性の発言が真実だと視聴者が気付くのは難しいだろう。
 次に有馬嘉男は韓国で広がる日本製品不買運動について取材し、不買運動に参加する店もあるものの、実は不買運動に参加していない店も多く、不買運動に参加している学生の多くは「雰囲気」でやっていると説明。その後、ソウルの和食の居酒屋店を取材して、

「(客は)本当に怒っているわけではないが、日本の酒なんてやめて韓国の焼酎にしようと話す雰囲気になっている」、
「今は全ての問題を引っ張り出して悪い雰囲気を作り、反韓反日感情を煽っている。上の方(政府)がそれを操作しているような気がしてならない。雰囲気をそのように作り上げているから(日本を肯定する)意見が無視され、互いに感情的に接するようになってしまう」

と語る店主の声を紹介し、続いて韓日議員連盟会長のカン・チャンイルを取材して、ムン大統領が日本政府を「挑発」しているのではないかと質問する有馬に

「今、日本で韓国を叩けばその政治家は人気が上がる。韓国でも同じだ」

と答えるカン・チャンイルの発言を紹介。番組を通じて現在の韓国社会の状況を、政府に煽られた多くの市民が「雰囲気」で抗議行動に参加しているに過ぎずないという風に描き出している。居酒屋の店主は「反韓反日感情を煽っている」と述べ、カン・チャンイルは日韓双方の政治家の人気取りについて語っているが、有馬の質問や番組の流れから、ニュースウォッチ9が問題にしているのは韓国政府だけであることは明らかだ。
 取材を終え、番組の最後に

「出会った人の多くが語っていたのは、国と国とが厳しくても日本人との関係は大事にしたいという言葉でした。ナショナリズムがどんなに高まっても、そうした人たちが韓国には確かにいる。それは忘れずにいたいなぁと思いました」

と語る有馬嘉男に、問題解決の責任が日本側にあるなどという考えは全く念頭にないだろう。改めねばならないのは被害者に対する自国政府の態度であるにもかかわらずそのことは問題にせず、日本政府に強制労働の被害者に対する謝罪を要求する韓国人を「反日」と決めつけ、大半の韓国人は「雰囲気」に流されて日本を批判しているのだと思い込み、日本人に優しい言葉をかけてくれる韓国人に思いを馳せて自身を慰める。何と手前勝手で、甘ったれた態度だろう。

 また、朝日新聞(19/8/3)社説は韓国への輸出規制を強化した日本政府を批判しつつも、

「文大統領は、ここまで事態がこじれた現実と自らの責任を直視しなければならない。きのう『状況悪化の責任は日本政府にある』と語ったが、それは一方的な責任転嫁である。当面の対立緩和のために取り組むべきは徴用工問題だ。この問題で文政権は、韓国大法院(最高裁)が日本企業に賠償を命じる前から、繰り返し日本政府から態度表明を求められてきたが、動かなかった。……行政府としては過去の政権の対応を踏まえた考え方があることを、国民に丁寧に説明しなくてはならない。……韓国政府が自国民に静かに語れる環境づくりに、日本側も協力するのが望ましいだろう」

などと主張している。
 毎日新聞(19/8/7)の専門編集委員与良正男も、日本政府が「徴用工」問題への対抗措置として輸出規制を強化したことを問題視しつつ、

「韓国側はエスカレートするばかりだ。一方的に日本政府を非難する韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領の言葉は私も聞くに堪えない」、
「韓国側は政権が代わるとそれ(2015年の「慰安婦」問題に関する日韓合意)をほごにし、元徴用工問題でも対応を怠った。韓国側に日本への甘えがあるのは事実であり、安倍首相に言わせれば日本の歴代政権が韓国を甘えさせてきたから、いつもこうなってしまうという心境だろう」

などと、前半で韓国政府を散々叩いた後、「それでも私は戦前の植民地支配に対する反省を忘れてはならないと思う」などと正義感を見せているが、日本政府に被害者の救済を要求するのではなく、冷静な対応を促しているだけだ。

 「過去の歴史に対する日本の謝罪が、対話の始まりであるべきだ」という韓国のデモ主催団体の女性の指摘は正しい。良好な日韓関係を築くためには、大日本帝国時代の強制労働の被害者が未だに救済されていないという事実に、まず日本政府が向き合う必要がある。それなのに、マスメディアが日本政府を甘やかすから、日韓の対立はエスカレートする一方なのではないか。