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過労死を合法化する法案を、働く人の「健康を守る」法案だと偽って伝えるニュース7

 政府・与党は25日、捏造したデータに基づいて作成され、過労死を助長することになる働き方改革関連法案を審議不十分なまま衆議院厚生労働委員会強行採決した。NHKニュース7(18/5/25)は、この法案によって時間外労働が是正されるという政府・与党の誤った主張を無批判に伝え、法案の危険性を十分に伝えないことによって、過労死の合法化に貢献している。

  委員会での強行採決の様子を伝えた後、ニュース7は法案に対する与党側の意見として、自民党田村憲久議員の法案採決後のインタビューを紹介している。

田村憲久:「働く方々の健康を守る。そのような意味ではこの法律が通るっていうのは非常に大きな改正だと思います。データに不備があるというのは、これは問題あると思いますけれども、だからと言って長時間労働是正をするなというのは……論点が違うのではないのかな」

 法案で「働く方々の健康を守る」とか「長時間労働是正をする」という田村の主張は、後述するように事実とは正反対だが、ニュース7は田村の主張を疑問視するどころか、法案で規制される時間外労働の上限について次のように説明して田村の主張を補足している。

「政府与党が最重要法案と位置づける働き方改革関連法案。長時間労働を是正するため、時間外労働の上限を原則として月45時間年間360時間としています。臨時に特別な事情がある場合には年間6か月まではさらなる時間外労働を認めますが、こうした場合でも年間では最大720時間以内としています」

 「臨時に特別な事情がある場合には」と言うと、例外がごく稀なことであるかのような印象を受けるけれども、実際には労使間で協定(三六協定)を結べば、企業は1か月間で100時間未満、2~6か月の月平均で80時間まで労働者に残業させることができるようになる。これでは「臨時」でもなければ、「特別な事情」だとも言えない。
 また、1か月間で100時間未満、あるいは月平均で80時間の時間外労働というのは、「過労死ライン」と呼ばれる厚生労働省の過労死認定基準と同じ時間外労働時間だ。時間外労働の上限が過労死ラインと同じでは、「働く方々の健康を守る」法案とは言えない。むしろ、この法案が成立すれば、企業が労働者を過労死するまで働かせることを合法化することになる。日本労働弁護団幹事長の棗一郎弁護士は「月80時間台の残業をさせていた企業に『安全配慮義務違反』として賠償を命じた判例は少なくありません。しかし今後、法律に100時間と明記されると、企業側は『法律の範囲内だ』と主張してくるでしょう。その時、裁判所は今までと同じ基準で判断を示すことは難しいのではないか」(毎日17/3/27夕刊)と懸念している。
 過労自殺した電通の高橋まつりさんの遺族の代理人を務める川人博弁護士は、「電通過労自殺が労災認定されて以降、多くの企業で三六協定があっても残業時間を月80時間以下に抑える流れが生まれているとし、『今が青天井だから規制がないよりましという議論があるが、今回の案が通れば、よりましどころか時間短縮の流れを逆流させる』」(赤旗17/3/9)と批判している。現行制度では労使間で特別条項を締結した際の労働時間に上限規制がないとはいえ、この法案で長時間労働が是正されるとも考えられない。
 厚労省は脳・心臓疾患の発症について、「45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価」している。働く人の健康を守るためには、時間外労働は月45時間までとし、例外は認めるべきではないのではないか。
 他にも、法案には1日当たりの時間外労働の上限がなく、勤務終了から次の勤務開始までに一定の休息時間を設けるインターバル制度が努力義務になっているなど、働く人の健康を守るうえで不十分だが、ニュース7は政府・与党の主張と相反するこうした時間外労働規制の問題点を一切伝えていない。

 ニュース7は、働く人の労働時間規制を撤廃する高度プロフェッショナル制度については問題点を指摘している。しかし「長時間労働が助長され、健康確保が十分できないのではないか」、「対象となる職種が今後拡大される懸念がある」という野党の「主張」を、「高度な知識を持ち、自分で働く時間を調整できる人は労働時間に縛られず柔軟に働くことができる」、「労使双方が参加する労働政策審議会で議論されるのでむやみに対象が広げられることはない」という厚労省の「説明」と併せて伝えた後、野党の懸念に対する専門家の意見として、「高プロ的な働き方をした場合に自由に働けるのか。年収要件と職種みたいなもので議論されてますけれども、必ずしも詰められていないので、どこまでの範囲がこの制度の対象になるのかっていう議論はもっともっと丁寧にやるべきだ」という学習院大学・守島基博教授の意見を伝えているだけで、制度の危険性を十分に伝えているとは言えない。
 「野党の主張」は根拠のない懸念ではない。制度が導入されると、企業は「年104日以上、4週間で4日」の休日を与えれば、あとは労働者を無制限に働かせることが可能になる。「自分で働く時間を調整できる人は労働時間に縛られず柔軟に働くことができる」と言っても、「高プロ対象者の時間的な裁量や、業務量の裁量は、法案のどこにも書かれていない。働き手は業務命令を断れず、従わざるを得ない」(日本労働弁護団幹事長・棗一郎弁護士 毎日18/5/26)。高度プロフェッショナル制度によって、長時間労働が助長され、過労死が増えることになるのは明白だ。
 また制度の対象については法案成立後に拡大されることが、労働者派遣法の経験から明らかだ。労働者派遣法では、当時の労働省は「専門的な職種でなければ認めない」としていたにもかかわらず、法の施行直後(1986年)から対象が拡大され、1999年には原則自由化、2004年には除外されていた製造業にも解禁された。労働政策審議会は昨年、過労死ラインの100時間未満までを時間外労働の上限とすることを追認した。そのような審議会が対象拡大の歯止めになるとは考えられない。
 高度プロフェッショナル制度については、野党だけでなく多くの専門家や市民からも懸念の声が上がっている。とりわけ、過労死で亡くなった人の遺族の法案に反対する声を聴けば、高度プロフェッショナル制度の危険性をいっそう明確に理解できる。

東京過労死を考える家族の会代表中原のり子さん:「『高度プロフェッショナル労働制』という言葉を聞いた時に、『まさに夫の働き方そのものだ』ということを感じました。……労働時間という概念を取っ払って、深夜労働も休日手当てもなく、残業手当もなく……働きたい放題のその仕組みが、まさにこの高プロ[高度プロフェッショナル制度]の働き方そのものっていうことを感じました。厚労省の方とかは……高プロの働き方をしている人たちは今はいない。これから新設するものだから、という事を言われるんだけれども、そうは言っても、同じような働き方をしていた人間が既にこうやって死んでいるわけだから、やっぱりすごく危険な働き方だと……確信して言えることです」OurPlanet-TV 18/5/22)

全国過労死を考える家族の会・代表世話人の寺西笑子さん:「夫は1か月320時間~350時間、2週間連続勤務、年間4000時間という長時間過重労働になって……うつ病になって……飛び降り自殺をしたんです。……会社は責任を認めたくないがために、夫は勝手に働いて勝手に死んだ。会社は何も命令してない。自己責任だと言ったんです」(同)

過労死したNHK記者・佐戸未和さんの母・恵美子さん:「労働時間規制が外されれば長時間労働が野放しになり、何かあっても自己責任にされることは明らかだ」「命を奪うような法案を通すべきではない。人が死んでからでは遅い」毎日18/5/23)

 ニュース7は何故、働き方改革関連法案が長時間労働や過労死を助長するものであるという事を問題視しないのだろう。NHKは昨年、自社の職員の過労死を公表した際、「この事をきっかけに、記者の勤務制度を見直すなど、働き方改革に取り組んでおり、職員の健康確保の徹底をさらに進めてまいります」というコメントを発表している。そのNHKの伝える働き方改革関連法案のニュースが、これか。NHKの職員は、こんなニュース番組で恥ずかしくないのか。