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── Media Watchdog Group

韓国政府に対して自国の民意より日韓合意に従えと要求する日本のマスメディア

 韓国政府の作業部会が「慰安婦」問題を巡る日韓両政府間の合意である「日韓合意」(2015年)についての検証結果を発表した。報告書は合意について、「被害者中心のアプローチが交渉過程で十分に反映されず……政府の立場を優先して合意がなされた。……政府間で慰安婦問題の『最終的・不可逆的解決』を宣言しても、被害者が受け入れない限り問題は再燃せざるをえない」と結論付けている。
 これに対して日本のマスメディアは、日韓合意や日本政府の対応の問題点について批判的に検証することなく、韓国政府に対して自国の民意より日本との合意を守れと一様に主張している。

「(報告書は)全体的に、朴槿恵(パククネ)・前政権の失政を強調したい文在寅(ムンジェイン)政権の姿勢がにじみでている。合意をめぐる世論の不満に対処するための、国内向けの検証だったというべきだろう。……いまの日韓関係を支える、この合意の意義を尊重する賢明な判断を求めたい。……(ムン大統領には)政権を担う今、理性的な外交指針を築く覚悟が求められている。……ソウルの日本大使館前に立つ少女像の移転問題についても、文政権は市民団体などへの説得に注力しなくてはならない」朝日 社説『日韓合意 順守こそ賢明な外交だ』17/12/28)

慰安婦問題を巡る日韓合意は、両国が歩み寄って達成した成果である。韓国の文在寅政権に求められるのは、合意の着実な履行しかない。……(検証は)当時の朴槿恵政権を批判するのが眼目らしい。説得力のある根拠はない。元慰安婦の支援団体の政治的に偏向した主張に沿っているのは明らかだ。合意に至る過程で、朴政権は15回にわたって元慰安婦や市民団体と協議し、日本軍の関与の明確化、日本政府の公式謝罪、日本側予算による補償──の3点が重要だと受け止めた。すべて合意内容に生かされている。……文政権は今後、元慰安婦や市民団体と協議し、対応を検討するとしている。合意を反故にすれば、韓国の信用を落とすだけだ」読売 社説「慰安婦合意検証 履行を怠る言い訳にはならぬ」17/12/28)

「検証報告書の核心は、朴槿恵(パククネ)前政権が当事者である元慰安婦の思いを十分にくみ取らなかったと批判している点だ。だが、朴前政権による元慰安婦や支援団体への説得努力が不十分だったとしたら、それは後任の政権が引き継ぐべきものだ。……元慰安婦の7割以上は合意に基づいて設立された財団の事業を受け入れている。一部の元慰安婦や支援団体の反対を根拠に、政府間で解決を宣言しても問題は再燃するという見方は一方的にすぎる。……北朝鮮情勢は緊迫の度を高めており、日韓関係を再び悪化させることは絶対に避けねばならない。文氏は韓国内で問題が再燃しないよう指導力を発揮すべきである」毎日 社説『文政権の「日韓合意」検証 再燃回避へ指導力発揮を』17/12/28)

「検証しようがしまいが、合意は変わりようのないものである。日本大使館前の慰安婦像を撤去しないなど、課題を先送りしているのは韓国側だ。国内向けの時間稼ぎは終わりにしてもらいたい。……『国民の70%が受け入れられない』と、世論も言い訳にする。これまで国内対応を怠ってきたことが招いた状況なのである。昭和40年の日韓国交正常化に伴う協定で、戦後賠償の問題は解決済みと明記された。日本は無償供与3億ドルと政府借款2億ドルの経済協力などをし、韓国は奇跡といわれる経済復興を果たした。日本側の拠出金には個人の補償問題の解決金が含まれている。韓国側はこうした経緯を国民にきちんと説明してこなかった。歴代政権のツケを日本に回す。それが実態である。……文在寅政権は合意の『再交渉』を掲げて誕生した。『検証』作業をしないわけにいかないということか。北朝鮮という現実の危機を抱えながら、反日世論への迎合に走る態度は改めるべきだ」産経 社説(「主張」)『日韓合意の「検証」もう責任転嫁は許さない』17/12/28)

「文在寅政権は……自ら朴前大統領の弾劾・罷免で就任した経緯があり、前政権を攻撃する題材として使う思惑もあったようだ。……しかし、国家間の合意や協定は着実に履行する義務がある。前政権時代の約束だからほごにするという事例がまかり通るようでは、いつまでたっても互いの信頼関係は築けない。韓国側が再交渉などを求めるようであれば、再燃するのは韓国不信であることを文政権は肝に銘じるべきだ。むしろ韓国政府が取り組むべきなのは、日韓合意の着実な履行に向けた元慰安婦や支援団体への説得、そしてソウルの日本大使館前や釜山の日本総領事館前からの少女像の撤去に向けた努力だろう。日韓は主要な貿易相手国だ。核・ミサイルの挑発を続ける北朝鮮に対処する上でも、緊密な連携が欠かせない……過去の合意を蒸し返さず、未来志向の関係づくりを優先していきたい」日経 社説『「再燃せざるを得ない」のは韓国への不信だ』17/12/28)

「核・ミサイル開発を続ける北朝鮮への対応や、オリンピックとパラリンピックなどで日本との連携や協力が重要であることは、ムン・ジェイン政権も十分認識しているはずです。それだけにムン政権は今後の方針について時間をかけて慎重に判断するものと見られますが、対応いかんによっては日韓関係がさらに冷え込む事態も懸念されます」長野祥光 NHKニュース7、17/12/27)

「ムンさん、慰安婦問題の解決を掲げて当選したわけですね。ですから支持者に対してはその姿勢を強調する必要があります……ただ日韓合意に根強い反発はある一方で、元慰安婦の女性たちの4分の3以上が支援金の支給などを受け入れているという事実があります。国と国との合意だという重みを考えて、ムン大統領には慎重に判断をしてほしいと思います」有馬嘉男 NHKニュースウォッチ9、17/12/27)

 新聞各紙は今回の検証は前政権を攻撃することが主目的だと強調しているが、政権にそのような意図があったとしても、後述する通り日韓合意が元「慰安婦」の意向を反映していないという明白な事実に変わりはない。そのような不当な合意の見直しを掲げて大統領に当選したムン・ジェイン大統領は、民主国家として当然のことをしているに過ぎない。
 またマスメディアは7割以上の被害者が「支援金」を受け取ったことを根拠に合意の正当性を主張しているけれども、「慰安婦」問題解決のために活動を続ける「日本軍『慰安婦』問題解決全国行動」によれば、日本政府は財団へ拠出する10億円について賠償金であることを否定しているにもかかわらず、「韓国政府と『和解癒し財団』が[、]『賠償にあたるもの』等と国民を欺き、被害者たちの説得」に当たってきた。韓国政府の報告書も「合意の肯定的な面だけをアピールし、現金受領を積極的に勧めた発言が確認できた」(朝日17/12/31)、元「慰安婦」が「現金の意味を正確に理解していたか、議論の余地がある」(毎日17/12/31)と指摘し、支給方法に疑問を呈している。
 日韓請求権協定で「慰安婦」問題は既に解決済みだとする産経新聞の主張については、協定は軍事独裁政権のパク・チョンヒ大統領が国内の反対運動を押さえこんで調印したものであることに留意すべきだ。また国家間で処理される賠償が放棄されても、個人の補償請求権は国際法で認められる。

 マスメディアは韓国政府を批判する一方で、日韓合意の問題点に全く言及していない。
 日韓合意は当事者である被害者の元「慰安婦」の女性たちが合意形成に参加できなかったことや、合意内容が元「慰安婦」たちの意向に反するものであることなどから、韓国では日韓両政府が合意に達した当初から多くの国民が合意に反対していた。
 具体的には、合意の中で「『慰安婦』問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であるとの観点から、日本政府が責任を痛感する」としながらも、「多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」主語が明示されておらず、日本軍の責任が曖昧になっていたこと・内閣総理大臣としての安倍晋三の「お詫びと反省」が岸田文雄外務大臣(当時)による代読で表明され、元「慰安婦」への直接の謝罪がなかったこと・被害者が求めていた法的な賠償ではなく「支援」という形で金が拠出されたことなどがあげられる[i]
 日本政府は日韓合意は国際社会で評価されていると主張しているけれども、「国連の人権条約に基づく拷問禁止委員会は……日韓合意について『被害者への補償や名誉回復、再発防止策が十分とはいえない』と指摘、両国政府に合意見直しを勧告」(日経17/5/13)している。また国連人権理事会の対日作業部会も、日本政府に対して元「慰安婦」への謝罪と補償を要求している(産経17/11/16)

 また、今回の韓国政府の検証では日本側が秘密交渉で「性奴隷」という表現を使わないよう要求していたことが明らかになったが、マスメディアはこのことで日本政府を全く批判していない。それどころか交渉過程や合意の非公開部分を公表した韓国政府を批判する日本政府に同調している。
 しかし性奴隷という表現を使うなと要求したことは、誰に対して何のために隠す必要があるのか。民主国家なら国民に直ちに公表されるべき内容であり、秘匿にする正当性など微塵もない。しかも元「慰安婦」は日本政府が「慰安婦」の強制性を認めて誠意ある謝罪をすることを求めており、日本政府が「慰安婦」は性奴隷だったと認めることは、合意の根幹になるべきものだ。性奴隷という表現は使うなと要求する日本政府に謝罪するつもりがなく、そのような合意が被害者である元「慰安婦」の意向を反映していないことは明らかだ。
 「慰安婦」が性奴隷であるということを否定する人のために付け加えておくと、「奴隷」とは辞書で調べれば「人間としての権利・自由を認められず、他人の私有財産として労働を強制され、また、売買・譲渡の対象ともされた人」(デジタル大辞泉)などと載っているはずだ。元「慰安婦」の多くが本人の意思に反して強制的に連行されたことは、被害者や元日本兵などによる証言のほか、公式記録からも明らかであり、そのことは日本政府も認めている[ii]。「慰安婦」という言葉は、性奴隷の婉曲表現に過ぎない。

 日韓合意の趣旨が「慰安婦」問題の解決であるなら、被害者の意向が反映されていない日韓合意は破棄されるべきだ。被害者の意向を反映せずにこの問題を解決することはできない。
 そして日本政府が「慰安婦」問題の解決を望むなら、この問題を解決して韓国と和解する気があるのなら、日本政府はまず元「慰安婦」に対して誠意ある謝罪をすべきだ。繰り返しになるが、元「慰安婦」は何よりも日本政府の謝罪を求めている。

 マスメディアは日韓合意の問題点や日本政府の対応を批判することなく、朝鮮の核・ミサイル問題を例に挙げて日韓の連携と協力が大事だから韓国政府は世論を説得して国と国との合意を守るべきだとか、加害国側の日本政府の対応ではなく被害国側の韓国政府の対応次第では日韓関係は冷え込むことになるなどと主張しているけれども、そのような一方的で偏った主張は、韓国政府が自国の民意に従って日本政府に再交渉を求めるという民主国家として当たり前の対応を取った場合に韓国を敵視する日本の世論を作り出すことになり、日韓両国を敵対させることになる。そしてそれは「慰安婦」が性奴隷であると正しく認識し、人権侵害による被害者は公正で十分な補償を受ける権利があると考える国際社会で日本の評価を貶めることにもなる。
 日韓関係が大切であり、日本が国際社会で評価もされたいと考えるなら、日本のマスメディアは韓国政府に対して自国の世論を黙らすよう求めるのではなく、日本政府に対して誠意ある謝罪をするよう要求すべきだ。

 

[i] 日韓合意の概要は、①「慰安婦」問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であるとの観点から、日本政府が責任を痛感する。安倍晋三が、日本国の内閣総理大臣として、お詫びと反省を表明する、②韓国政府が設立する元「慰安婦」支援の財団に日本政府が10億円を拠出する、③韓国政府は、日本大使館前の平和の碑(少女像)について、適切に解決されるよう努力する、④問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する、というもの。

[ii] 1993年8月、宮沢内閣の河野洋平官房長官は、「長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在した」こと・「慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した」こと・「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあった」ことなどを認めて謝罪した(河野談話)。以降の歴代内閣は、いずれも河野談話を継承している。
 また安倍内閣は2017年6月、「慰安婦」の強制連行を示す具体的な記述のある文書の有無について質問した共産党・紙智子参議院議員に対する答弁書で、国立公文書館から入手した「『慰安婦』関係文書」において「ご指摘のような記述がされている」と回答し閣議決定している。(赤旗17/7/7)