Bark at Illusions Blog

── Media Watchdog Group

「アメリカのレッドライン」

 6回目の核実験を行った北朝鮮に対して国際社会はどう対応すべきか。マスメディアでは、合衆国政府が北朝鮮に対して武力行使を行うことが当然の権利であるかのように議論されている。

「アメリカが軍事攻撃の判断基準とするレッドライン。化学兵器の使用を理由にミサイル攻撃を受けたシリアのように、北朝鮮もまた、その一線を越えたのでしょうか」(NHKニュースウォッチ9、17/9/4)

マティス国防長官は発言のトーンを強めていますけれども、これ、軍事オプションもありうるということなんでしょうか」(同)

「米国が軍事攻撃に踏み切るとすれば、米国を攻撃できる核兵器とミサイルを除去するためだ。米軍では、北朝鮮の核とミサイル施設など重要施設への限定空爆など複数のプランがある。米韓両軍は共同軍事作戦計画『5015』に基づき、北朝鮮の攻撃を防ぐと同時に攻撃を開始。ステルス機で通信・レーダー施設を破壊した後、戦略爆撃機などを使って一気に戦局を決したい考えだ。ただ、米本土が直接攻撃されていない状況で、先制攻撃の可能性は低いとみられる」(朝日17/9/4)

キャスター・富川悠太:「アメリカとしては、山下さん、軍事オプションという可能性はあるんですか」
テレビ朝日ワシントン支局長・山下達也:「軍事オプションは10パターンぐらい検討されているということなんですね。その中には核実験の関連施設、ミサイル発射の関連施設を攻撃するということも検討されているんですね」(報道ステーション、17/9/4)

「6回目の核実験は大陸間弾道ミサイルICBM)の発射とともに、米トランプ政権が軍事行動に動く基準となる『レッドライン(越えてはならない一線)』とみられてきた」(日経17/9/5)

 しかし、「レッドライン」を超えたからといって、直ちに合衆国政府の武力行使が許されるわけではない。国際法武力行使が認められているのは、国連安保理の承認がある場合か自衛権の行使による場合に限られている。自衛権は、急迫不正な侵害があり、その侵害を排除する上で他に手段がない場合に、必要最小限度の実力行使を行うことが国連憲章で認められている。

 もちろん、そうは言っても合衆国はこれまで国際法など気にせず武力行使を行ってきた。引用したニュースウォッチ9が言及している今年4月の「化学兵器の使用を理由」にしたシリアへのミサイル攻撃も国際法違反だった(Bark at Illusions、17/4/9)。国際法は大国によって都合よく解釈され、破られることがある。「戦争を『制限』するための国際協定について言えば、協定を破ることに利益がある場合には、協定は決して守られないものだ」[i]と述べたジョージ・オーウェルは正しい。
 しかし、だからと言ってそれを傍観するわけにはいかない。市民の力は、武力行使を、戦争を止める最後の砦になる。「国際協定」は、それを破れば高くつく、国際法を守ったほうが得策だと政府に思わせる圧力が必要だ。実際、市民の力や国際社会の圧力が合衆国政府の武力行使を食い止めたこともある。
 2013年、当時の合衆国大統領・バラク・オバマはシリア内戦で化学兵器が使用されたという疑惑[ii]に対して軍事介入しようとしたが、合衆国や英国の世論や議会の他、多くの国の市民や政府の反対に直面して断念せざるを得なかった。
 今年8月、合衆国のドナルド・トランプ大統領がベネズエラに対して「必要ならば軍事的選択をすることもありうる」と発言した際、中南米諸国が反発したため、マイク・ペンス副大統領は「平和的解決は可能だ」と述べ、トランプの発言を打ち消さざるを得なかった。「トランプ氏発言にはベネズエラマドゥロ政権の独裁化に批判的な周辺各国からも懸念の声が上がっていた」(毎日17/8/15)

中南米諸国はマドゥロ政府が国会をしのぐ権限を掌握する制憲議会を設置したことには批判する国国もあったが、アメリカによる軍事介入は断固として認めない立場を一致して強調している。……メルコスルは制憲議会設立を理由にベネズエラを無期限の資格停止処分とすることを決めたばかりであったが、12日の声明で『民主主義促進の唯一の手段は対話と外交だ。暴力や武力行使は拒否する』と表明した。……ベネズエラと緊張関係にある[コロンビアの]サントス大統領ですら、『軍事介入という考えは微塵ほども許されるべきではなく、“選択肢を捨ててはいない”という言葉さえ行き過ぎだ』とトランプ大統領に釘をさした。チリのパチェレ大統領も共同記者会見で『軍事介入もクーデターも支持しない』と明言した」長周新聞17/8/24)

 北朝鮮の核・ミサイル開発を止める手段は、究極的には、対話か、合衆国が国際法を無視した形での武力行使しかないだろう。合衆国政府が武力行使を行えば、北朝鮮が反撃し、短期間に100万単位の人間が殺されると推定されている。北朝鮮の核・ミサイル開発の問題は軍事力ではなく、対話によって平和的に解決されるべきだ。「軍事オプション」を排除しない合衆国政府に対して武力行使を思いとどまらせるために市民の力が必要なときに、合衆国政府が「レッドライン」を超えれば武力行使を行えるかのような印象を与えることは、無責任で致命的なミスリードと言える。
 マスメディアは、あたかも合衆国政府に任意で武力行使を行う権利があるかのようにいうのはやめるべきだ。

 

[i] ただし、オーウェルは、戦争は本来野蛮なもので、人道的な戦争などないという文脈で述べている。

[ii] オバマ化学兵器が実際に使用されたのかどうか確認する国連査察団の調査結果を待たずに、シリア政府が使用したのか反政府勢力が使用したのかわからない段階で、証拠も示さず一方的にシリア政府が化学兵器を使用したとしてシリアへ軍事介入しようとした。