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Bark at Illusions Blog

── Media Watchdog Group

TPP:国民に十分な情報を提供しないNHK

 環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の承認を求める議案とその関連法案が、11月4日に衆議院の特別委員会で、10日に本会議で強行採決された。「この臨時国会で最大の焦点」(ニュースウォッチ9、16/11/4鈴木奈穂子)であり、「この国や国民の将来にとって非常に重要なテーマ」(同、河野憲治)だったTPPについて、NHKニュース7ニュースウォッチ9は、十分な情報を国民に伝えなかった。 

  TPPは、物品の関税やサービス貿易、投資、知的財産、インターネットサービス、医療サービス、食品の安全、労働など21分野にわたる経済協定で、生活や経済活動に与える影響について様々な問題が指摘されている。
 例えば、農産物の関税が撤廃・削減されると、日本の農業は海外の安い農産物との競争にさらされ、大打撃を受けることが予想される。その結果、食料自給率(現在39%)がさらに低下するなど、日本の食料安全保障が脆弱なものとなることが懸念される。  
 知的財産の分野では、新薬のデータ保護期間が実質8年とされているが、これは、製薬企業に医薬品の独占権を与える一方で、安価な後発医薬品ジェネリック)の市販が遅れ、各国政府や患者の負担が増すことを意味する。
 労働分野では、外国からの労働者の国内への流入や、安価な労働力を求める企業の国外への移転が容易になることなどから、日本の労働者の雇用機会の減少を招いたり、賃金を押し下げるなど労働条件を悪化させる可能性がある。TPPNAFTA北米自由貿易協定)の拡大版と言われることがあるが、NAFTAにより、合衆国の労働者の実質賃金が12~17%低減したことが確認されている(Global Research、15/11/08)。
 また、協定中の紛争解決(ISD)条項についても、深刻な問題が指摘されている。ISD条項は、企業に政府や自治体を相手どって訴訟を起こす権利を与えるもので、これにより企業は、政府や自治体の規制が自分たちの企業活動を妨害していると判断した場合、私設法廷に提訴することができるようになる(逆に政府や市民が企業を訴えることはできない)。訴訟は実際の損益だけでなく将来期待されている利益に対しても行われる。公的医療保険、農薬や食品添加物の基準や遺伝子組み換え作物の規制など、国民の安全や利益を守る制度が訴訟対象になる可能性があり、国民の生活が脅かされることになる(実際に提訴されなくても、提訴される可能性があるということは、政府や自治体に国民を守るための制度を放棄させる誘因となりうる)。

 TPPの合意内容が、このISD条項に合意しないことや農林水産物の重要品目の関税撤廃を認めないことを宣言した国会決議に明確に違反していることも重大な問題だ。農産物の重要品目については、政府は守ったと主張しているが、国会決議は「10年を超える期間をかけた段階的な関税撤廃も含め認めない」としている。また、今回守ったと政府が主張する一部の農産物も、協定発効7年後の再協議規定で、関税撤廃に向けた協議が約束させられている。

 その他、8300ページに上る英文の協定文書の内2300ページ余しか翻訳されぬまま、審議が進められるなど、国会の審議にも問題があった。

 ニュース7ニュースウォッチ9は、議案と法案が衆議院を通過するに至るまで、これらの懸念や問題点についてほとんど触れていない。食の安全への懸念については取り上げられていたが、それは問題視するためではなく、むしろ国民を「安心」させることに意図がありそうだ。国会の質疑で食の安全への影響や遺伝子組み換え食品への懸念について質問があったと伝えた後、安倍晋三内閣総理大臣の「我が国の食品の安全を脅かすようなルールは一切ありません」、「安全性において必要な措置を求めることに変更を求めるものではない」といった答弁を紹介するだけで、それ以上追及していない。
 農産物の関税撤廃除外については、与党の「我が国は農林水産品の関税撤廃の例外を…獲得した」「関税を維持できたことは大変高い成果」といった与党議員の主張が無批判に伝えられていただけだった。
 ニュース7ニュースウォッチ9は、TPPの内容よりも、山本有二農林水産大臣の「強行採決」に関する発言や、国会の審議日程を巡る与野党の攻防ばかり伝えていた。
 ニュースウォッチ9は、4日の委員会での採決が確実視された2日になってようやくTPPの内容について取り上げたが、関税に関するお話だけで、TPPの説明としては不十分なものだった。関税について大雑把に説明した後、TPPをチャンスととらえて積極的に動き出している経営者の取り組みを紹介する内容で、視聴者にTPPを肯定的にとらえさせようとしている。
 他に、TPPを肯定的、あるいは積極的にとらえる見解としては、「新しい経済圏を活用して経済を成長させていき、国民を豊かにしていきたい」「日本が国内手続きを先行して進めることでアメリカ側の承認を促していきたい」「再交渉には応じないという日本の意志を明確に示すためにも、今の国会での協定の承認と関連法案の成立が必要」と国会で答弁する安倍晋三の主張が強調されていた(例えば、ニュースの冒頭で安倍晋三の発言をキャスターが紹介し、国会のVTR の中でナレーションが同じ文言を繰り返し、その後、安倍晋三自身が発言する場面を紹介するという具合に)。

 TPPのニュースには、量的にも十分な時間が与えられていなかった。例えば、衆議院の特別委員会では10月17、18日の両日、安倍晋三が出席しての総括質疑が行われていたが、17日のニュースウォッチ9は、番組の後半でその日の出来事を短くまとめたニュースの中のひとつとして伝えただけだった。ニュース7は、天皇生前退位、中国有人宇宙船の打ち上げやイラクでのモスル奪還作戦のニュースの後、TPPのニュースを伝えていた。18日は、ニュース7ニュースウォッチ9共にTPPに関するニュースを伝えなかった。18日の主なニュース内容は、ニュース7:来日した国際オリンピック委員会バッハ会長と小池都知事の会談、イラクでのモスル奪還作戦、将棋棋士が試合で将棋ソフトを使っていた疑惑など。ニュースウォッチ9:野球選手の引退発表、バッハ会長来日、「日本発世界で大人気の動画」(ピコ太郎)など。
 NHKにとって、TPPよりも将棋棋士の試合中の不正疑惑やピコ太郎の方がニュース価値が高いのだろうか?

 ニュース7ニュースウォッチ9は、TPPが「この臨時国会で最大の焦点」であり、「この国や国民の将来にとって非常に重要なテーマ」だと認識していたにもかかわらず、懸念されている問題についてほとんど情報を提供しなかった。NHKは、重要な問題から国民の目をそむけることで、政府の進める政策を後押しするための機能しか果たしていない。